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Quant College レクチャーシリーズ(4)CVAモデル入門(後編)

1.はじめに

概要:
当noteはCVA計算方法の入門的内容について、可能な限りわかりやすく、かつ体系的にまとめたもの。

当noteリリースの背景:
・CVAは海外では10年以上前から導入されていたもの
・国内でも早くから話題には上っていたが普及には至らなかった
・しかし最近では会計基準や資本規制を受け、国内でもCVA導入が進行中
・大手のみならず地銀に至るまで、多くの日系金融機関がCVA導入の準備中(あるいは導入済み)であると聞く

ところがネットの情報は、
・英語で書かれているものが多い
・数式が多く、計算内容の「お気持ち」がわからない
・断片的なものが多く、基礎から体系的に学べるものが少ない

最近では日本語の専門書も出てきてはいるものの、
・初心者には説明の難易度が高い
・知りたい情報がどこに載っているかわからない
・専門的で発展的な内容も多く含まれる
・自分にとって必要な情報にたどり着く前に挫折しがち
というのが現状である。

そこで当noteでは:
・実務で必ず問題になる論点にしぼりコンパクトに解説
・専門用語を平易な日本語で説明
・数式の使用は最小限にして、可能な限り直感的に解説
・初心者が理解しやすい順番で(全体像から詳細へ)説明

当noteの著者について:
・クオンツとして新卒入社後、デリバティブ評価関連の実務に長年従事
・XVA計算モデルの調査・実装・検証の実務経験あり
・自身の運営するサイトQuantCollegeではXVA関連記事を約70本執筆
・過去にリリース済みのLIBOR廃止に関するnoteは、マニアックな内容にも関わらず200部以上を売り上げ済み

当noteは以下のような方向け:
・CVA計算方法の市場慣行(みんながどうやっているか)を知りたい方
・CVA計算システムのベンダー選定に追われている金融機関の方
・業務でCVAの数値を見るが、どう計算されているか概要を知りたい方
・XVAの分厚い専門書を読んでみたが、途中で挫折してしまった方
・計算式の導出など理論的背景ではなく、計算の手順と概要を知りたい方
・必要な資料を集めて読んでまとめる時間を節約したい方
・英語を読むのはしんどいので、日本語で効率的に学びたい方

noteを読んで得られるメリット:
・CVA計算方法の市場慣行(みんながどうやっているか)を把握できる
・実務で重要な論点を短時間で学習でき、時間の節約になる
・ネット上の英語資料を調べ回る必要がなく、本業に専念できる
・頭の中に「地図」ができて専門書が読みやすくなり、効率的に学べる
・CVAの計算手順および計算に必要なインプットについて、頭を整理できる
・CVA計算システムを選ぶ際、どのような点に注意すればよいかがわかる

noteで前提とする知識:
・為替予約や金利スワップといった基本的なデリバティブ商品の知識
・カウンターパーティリスクとCVAに関する入門的な知識
・(必須ではないが、)学部一年レベルの初等的な確率論の知識があるとより深く理解しやすい

当noteに書いていない内容:
・カウンターパーティリスクやCVAの入門的内容
(別noteをリリース済みなのでそちらをご参照)
・金利や為替など各アセットクラスのシナリオ生成モデル
(当noteの前編をリリース済みなのでそちらをご参照)
・計算式の導出など、理論的な内容
・DVA/FVAに関連する話題
(DVA/FVAについては別noteをリリース予定)
・CVA感応度、CVAヘッジ、CVAデスクなどCVA管理の話題
(需要がありそうなら別noteをリリース予定)

ディスクレーマー:
当noteに掲載されている記事の内容につきましては、正しい情報を提供することに努めてはおりますが、情報の完全性については保証せず、また責任を負いません。
当noteは初心者が理解しやすいことを優先した記述となっていますため、厳密には完全に正確とは言い切れない記述も含まれる可能性がある点につきましてはご理解・ご容赦のほどお願い致します。
当noteで提供している記事の内容及びリンク先から、読者様・購入者様へいかなる損失や損害などの被害が発生したとしても、当noteでは責任を負いかねますのでご了承下さい。
当noteは市販されている文献およびパブリックに公開されている文献を基に制作されたものであり特定の金融機関に固有の情報を含みません。
当noteに記載の内容や意見につきましては、当note運営者の個人的見解であり、当note運営者の雇用主の公式見解ではありません。
当noteの内容を著者の許可なく複製、転載、共有、配布、転用、譲渡、販売することを禁じます。上記の禁止事項が発覚した場合は、然るべき対応をとらせて頂きます。

1.1 当noteの構成

当noteの構成は以下の通り。

2章ではCVA計算の大まかな手順を確認し全体像を把握するほか、各手順と当noteの章立てとの対応関係を見る。

3章ではシナリオ生成の話の続きとして、シミュレーショングリッドの設定方法を簡単に確認する。

4章では市場シナリオから将来時価を計算する方法を説明する。数値計算法に関してはグリッド補間と最小二乗モンテカルロについて解説する。

5章では将来時価をネッティングする際の考慮ポイントを述べる。
6章ではネッティング後時価から差し引く担保残高のシミュレーションにおける論点についてまとめる。
7章ではエクスポージャー計算について各取引に固有の論点を述べる。
8章では計算済みのエクスポージャーを基準日まで割り引く際のカーブ選択について説明する。

9章では計算済みのPD、LGD、割引後エクスポージャーからCVAを計算する際の論点を述べる。
10章ではネッティングセット単位で求めたCVAを取引単位に分解する方法を説明する。

11章でクオント調整、12章でFirst To Default、13章で誤方向リスクを解説する。これらは少し技術的な内容である。

14章では実務にCVAを導入する際のフェーズ分けなどの論点を確認する。
15章ではCVA計算に必要なインプットデータについてまとめる。

16章で当noteをまとめる。

2.CVAの計算手順と全体像

各論に入る前にまず全体像を押さえておきたい。
CVAの計算手順を分解すると以下の通り。

(1)準備(キャリブレーション)
 (1-1)イールドカーブを作成する
 (1-2)プロキシースプレッドを求める
 (1-3)デフォルト確率を求める
 (1-4)モデルをキャリブレーションする

(2)計算(シミュレーション)

 (2-1)モデルでシナリオを作成する
 (2-2)取引ごとに将来時点における時価を求める

(3)集計(アグリゲーション)

 (3-1)ネッティングする
 (3-2)担保勘定残高の経路を求める
 (3-3)エクスポージャーを求めて割り引く
 (3-4)CVAを求める

このうち、当noteでは主に (2-2) 以降の内容を取り扱う。

(2-1)モデルでシナリオを作成する
は前編でモデルについて詳しく説明したが、当noteでは前編で収まりきらなかった内容を取り扱う。具体的にはシミュレーショングリッドの設定について、3章で説明する。

(2-2)取引ごとに将来時点における時価を求める
は、4章で説明する。

(3-1)ネッティングする
は、5章で説明する。

(3-2)担保勘定残高の経路を求める
は、有担保のカウンターパーティ限定の話だが、6章で説明する。

(3-3)エクスポージャーを求めて割り引く
は、7章~8章に該当する。

(3-4)CVAを求める
は、9章~10章に該当する。

また、追加で説明する若干技術的・発展的な内容は以下の通り。

・クオント調整について、11章で説明する
・First To Defaultについて、12章で説明する
・誤方向リスクについて、13章で説明する

最後に、おまけとして実務的な内容を説明する。

・CVA導入前の考慮ポイントについて、14章で説明する。
・CVA計算に必要なインプットデータについて、15章で説明する。

3.シミュレーショングリッドの設定方法

将来時点におけるエクスポージャー(EPE)をシミュレーションする時点グリッドの置き方について。これは

・等間隔に置く方法
・不均一に置く方法

に分かれる。実務では不均一に置く方法が多い。

等間隔に置く方法は、例えば3か月ごとに置く、などである。ここで問題になるのは、ネッティングセット内には、為替予約など満期が短い商品と、金利スワップなど満期が長い商品が混在している、ということである。

短期の商品のエクスポージャーを細かく出したい場合には、グリッドを細かく置く必要があるが、それを長期の満期まで行うと計算負荷が大きい。
逆に、グリッドを粗くすると、短期の商品のエクスポージャー計算が粗くなって正確に出せない。グリッドを粗くする、例えば1年ごとにするということは、カウンターパーティのデフォルトが1年ごとにしか起こらない、と仮定していることになり、1年未満の商品がエクスポージャーゼロになってしまう。

そういうわけで、不均一に置く、すなわち

・短期ゾーンは1Mごとなど、細かく置く
・長期ゾーンは1Yごとなど、粗く置く

という方法が一般的である。

有担保取引のCVAにおいてMPoR(当noteの前編を参照)を考慮するために、MPoRと同じ頻度でグリッドを置く、という方法もある。10Dなら10Dごとに設定する。

4.将来時価の計算

金利や為替などの市場変数について将来シナリオの生成後、ネッティングセットに含まれる全取引について、将来時点での時価を求める。目的は(正の)エクスポージャーの期待値を求めることだが、そのためには将来時点での時価を求めて、それがプラスかどうかを判定しないといけない。つまり以下を求めないといけない。

Exposure(t)
= max{ NPV(t), 0.0 }

上記の NPV(t) を求めるには、ネッティングセット内の全取引の時価を求めて合計する必要がある。

将来時価の計算は、CVA計算の中でも計算負荷の高いステップである。

例えば、
・ネッティングセットに取引が100件あり、
・エクスポージャー計算の時点グリッドが30個あり、
・シミュレーションのシナリオ数が10,000だとすると、
合計で100 x 30 x 10,000 = 30,000,000回の時価計算を行う必要がある。

以下ではシミュレーションで生成したシナリオから将来時価を計算する方法について説明する。

4.1 商品別の概要

4.1.1 バニラスワップや為替予約

バニラな金利スワップや通貨スワップ、為替予約などは評価にボラティリティが不要であり、将来におけるイールドカーブと為替レートが与えられれば評価できる。為替レートは直接シミュレーションされているので問題ない。

イールドカーブは、シミュレーションで求めた状態変数(ショートレートなど)の値を金利の期間構造モデルの式に代入すれば、その将来時点における任意の満期の割引債価格(イールドカーブ)が求められる。あとはイールドカーブを補間すればスワップを将来時点で評価できる。

4.1.2 バニラオプション

評価には将来におけるボラティリティが必要になる。スマイルを反映するモデルで時価評価する場合は、ATMボラティリティに加えて、ボラティリティスマイル全体について、将来における値が必要になる。

シナリオ生成モデルに確率ボラティリティモデルを使う場合は直接求められるが、特に日系ではボラティリティをシミュレーションするモデルはあまり見かけない。この場合、計算基準日に観測されたボラティリティサーフェイスをもとに、何らかの仮定を置いて、将来に観測されるボラティリティサーフェイスを求める必要がある。

確率ボラティリティモデルでシナリオ生成する場合であっても、為替とエクイティはボラティリティもシミュレーションするが金利のボラティリティはシミュレーションしない、というように、特定のアセットのみに確率ボラティリティモデルを適用することもある。

4.1.3 エキゾチックデリバティブ

バリアオプションなど経路依存性がある商品や、バミューダンなどのマルチコーラブル商品の評価は少々煩雑である。

XVAではなく通常のプライシングであれば、商品の特性を考慮して、商品の種類ごとに全く異なる数値計算手法を適用して評価することが多い。例えばバリアオプションはPDEだがバミューダンはツリーで評価する、などである。

しかしXVAではこれら異なる種類の商品が全部含まれるポートフォリオを統一的に評価することになる。そこで一般的なのは、最も複雑な商品を評価できる数値計算法を全ての商品に当てはめる、という方法である。具体的には、最小二乗モンテカルロを使うことが多い(詳細は4.4.2節を参照)。

4.2 基準時価とXVAの評価モデル

4.2.1 基準時価とXVAで、評価モデルの要件が異なる

基準時価(XVAで調整する前の、通常の時価)の計算は、個別取引の特徴に合わせた評価モデルを使うのが一般的である。商品の種類が異なれば違うモデルを使う。
さらに、商品の種類が同じであっても、同一のモデルを異なるキャリブレーション対象にフィットさせる場合(ローカルキャリブレーション)も多く、そうするとモデルは同じでも評価に使用されるパラメーターが個別取引ごとに異なってくる。

これに対して、XVAにおける将来時価の計算は、大量の取引が含まれるネッティングセット1つに対してXVA値が1つ出力される。したがって、同じ1つのXVA値を計算するのに、商品ごとに異なるモデルや、取引ごとに異なるパラメーターが適用されるのは望ましくない。このため、XVAでは全取引に対して同じモデル、同じパラメーターを適用する場合(グローバルキャリブレーション)がほとんどだ。

結果として、基準時価の評価モデルとXVAのシナリオ生成モデルは違うものを使うことになる。

4.2.2 基準時価とXVAで、評価モデルに不整合が生じる

基準時価の評価とXVAの評価を同時に考えるとき、3つの評価モデルが出てくることに注意しよう。

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