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Quant College レクチャーシリーズ(5)LIBOR廃止とRFR移行のまとめ(後編)

1.はじめに

概要:
本稿は、LIBOR廃止とRFR移行について、可能な限りわかりやすく、体系的にまとめたもの。

当noteリリースの背景:
LIBOR廃止とRFR移行は金融業界全体が影響を受ける一大事であり、大手金融機関のみならず地方銀行や事業法人に至るまで、多くの企業で多大なリソースが割かれ、絶賛対応中である。

ところが本件に関する情報は、最近ではネットから豊富に得られるものの、
・英語で書かれているものが多い
・専門用語や数式がたくさん出てきて、理解に時間がかかる
・基本的な用語から順を追って体系的に学べるものが少ない
・断片的なものが多く、関連情報が一つにまとまった資料は少ない
・各国の当局、中央銀行、検討グループなど情報元が多すぎて、知りたい情報を探すのに手間がかかる

そこで当noteでは:
・実務で重要なポイントにしぼり、できる限りコンパクトに解説
・専門用語を平易な日本語で説明
・数式をできる限り用いず直感的に説明
・RFR移行で新たに出てきた専門用語を簡潔に解説
・似た用語の違いと、それらの関連について説明
・文献ではあまり説明されていない前提知識を、理解しやすい順番で説明

当noteの著者について:
・クオンツとして新卒入社後、デリバティブ評価関連の実務に長年従事
・LIBOR廃止による評価モデルへの影響調査、ライブラリ改修の実務を経験
・自身の運営するサイトQuantCollegeでは、2017年5月からLIBOR廃止に関する記事を約70本執筆
・2020年1月にリリースした当noteの前編は、マニアックな内容にも関わらず200部以上を売り上げ済み

当noteは以下のような方向け:
・LIBOR廃止対応に追われている金融機関や事業法人に勤務の方
・業務でLIBOR廃止の話題が聞こえてくるが、同僚の話についていけない方
・英語を読むのはしんどいので、日本語で効率的に学びたい方
・ネット上にも詳細な資料は多くあるが、一つにまとめて整理したい方
・必要な資料を集めて読んで体系的にまとめる、という時間を節約したい方

当noteで前提とする知識:
LIBOR、金利先物、金利スワップなど、基本的な金利デリバティブの知識

当noteを読んで得られるメリット:
・LIBOR廃止とRFR移行について、全体像を把握できる
・ネット上の英語資料を調べ回る必要がなくなり、時間を節約できる
・頭の中に「地図」ができ、社内やネットの情報を効率的に吸収できる
・自社でどのようにRFR移行の対応を進めればよいか、イメージできる
・後決め複利RFRの様々なコンベンションの違いがわかるようになる

当noteに書いていない内容:
以下のような専門家向けの内容や理論的な内容などは書いていない。
・RFRのイールドカーブ構築の詳細
・RFRを参照するスワップやオプションのプライシングの詳細

ディスクレーマー:
当noteに掲載されている記事の内容につきましては、正しい情報を提供することに努めてはおりますが、情報の完全性については保証せず、また責任を負いません。
当noteは初心者が理解しやすいことを優先した記述となっていますため、厳密には完全に正確とは言い切れない記述も含まれる可能性がある点につきましては、ご理解・ご容赦のほどお願い致します。
当noteで提供している記事の内容及びリンク先から、読者様・購入者様へいかなる損失や損害などの被害が発生したとしても、当noteでは責任を負いかねますのでご了承下さい。
当noteはパブリックに公開されている情報、および広く一般の購読者に向け発信されている情報を基に制作されたものであり、特定の金融機関に固有の情報を含みません。
当noteに記載の内容や意見につきましては、当note運営者の個人的見解であり、当note運営者の雇用主の公式見解ではありません。
当noteの内容を著者の許可なく複製、転載、共有、配布、転用、譲渡、販売すること、およびそれらに準ずる行為を固く禁じます。上記の禁止事項が発覚した場合は、然るべき対応をとらせて頂きます。

1.1 当noteの構成

当noteの構成は以下の通り。

2章、3章ではJPYとUSDの後継指標についてそれぞれ比較する。

4章では後決め複利RFRの様々なコンベンションを分類のうえ説明する。

5章では主要国についてRFR移行ロードマップをまとめる。
6章では主要通貨についてRFR移行の現状について述べる。

7章ではキャッシュ商品のフォールバックについて説明する。

8章ではISDAプロトコル、9章ではCCP事前移行の内容を整理する。

10章ではタフレガシー契約とシンセティックLIBORについて説明する。

11章では金利オプションのフォールバックについて注意点をまとめる。

12章で当noteをまとめる。

2.JPYの後継指標

2.1 後継指標の選択肢

JPYの後継指標は、商品種類によって異なってくるだろうが、候補として市場に意識されているのはだいたい以下のあたりだろう。

メジャーなもの:
・後決め複利TONA
・ターム物TONA (TORF)
・日本円TIBOR (DTIBOR)

マイナーなもの:
・ユーロ円TIBOR (ZTIBOR)
・前決め複利TONA (TONA Averages)

デリバティブは「TONA First」ということで、後決め複利TONAが後継指標として決まっている。実際、足元(2021年7月)ではTONAスワップの取引量はかなり増えており、LIBORスワップを上回り始めている。

一方、キャッシュ商品については商品ごと・銘柄ごとに異なる後継指標に移行・フォールバックされる可能性が高い。

デリバティブがTONAをメインに考えているからといって、キャッシュ商品も強制的にTONAがメインになるというわけではない。日本の検討委員会では、事業法人だけではなく金融機関からもTORFやTIBORを支持する声があり、実際にこれらも併用されることになるだろう(マルチプルレートアプローチ)。

後継指標としてマイナーなものとしてはZTIBORやTONA Averagesがある

ZTIBORはインターバンクのデリバティブではDTIBORよりずっと一般的であり、残存取引もかなりある。しかし将来的に廃止されDTIBORに一本化されることが決まっている(24年12月末に廃止予定)ので、ZTIBORに移行してもまたしばらくしたらDTIBORに移行しないといけないため合理的ではない。

TONA Averagesはバックワードルッキングな前決め複利である。前決め金利というのはキャッシュ商品市場から強いニーズがあるものの、バックワードルッキングな金利ということでLIBORの後継指標としては今のところあまり話題にあがっていない。

というわけで、後継指標は主に後決め複利TONA、TORF、DTIBORの3択となる。以下ではこれら3つの長所・短所を簡単に比較する。

2.1.1 後決め複利TONA

長所:
・算出根拠が無担保コール翌日物で流動性があり、指標として頑健
・ローンの金利リスクヘッジに用いるスワップではTONAが後継指標なので、ベーシスリスクが生じない

短所:
・後決め複利なので事務負荷が高く、事業法人から不人気
銀行の信用リスクが入っていない(LIBORと整合的でない)

2.1.2 TORF

長所:
・前決めなので、事務負荷が低い

短所:
・算出根拠がTONAスワップで無担保コール翌日物より流動性に不安がある
銀行の信用リスクが入っていない(LIBORと整合的でない)
・TONAスワップでヘッジするのでTONA-TORFベーシスリスクを負う

2.1.3 DTIBOR

長所:
・前決めなので、事務負荷が低い
・キャッシュ商品の市場参加者も以前から使い慣れている
銀行の信用リスクが入っている(LIBORと整合的)

短所:
・TONAスワップでヘッジするのでTONA-DTIBORベーシスリスクを負う
・全銀協はDTIBORを存続させるが、将来の国際情勢によってはLIBORと同様、存続が危ぶまれる可能性もある

2.2 TIBORスワップマーケットはどうなるか?

(ZTIBORは廃止される予定なので、ここではDTIBORを対象とする。)

デリバティブはTONAファーストであり、TIBORはメインの後継指標ではない。邦銀のローンにおいて、以前からDTIBORがメジャーに使われていたが、デリバティブではあくまでTONAがメインである。

しかしDTIBORローンのヘッジでDTIBORスワップが使われるし、後決めRFRへの対応が遅れている事業法人では、DTIBORスワップの使用が増える可能性はあるにはある。実際に最近、一時的ではあるがDTIBORスワップの取引が増えた時期がある。

とはいえ、DTIBORスワップはローンのヘッジがメインであり、スワップ市場として長期的に流動性はあまり増えないと考えられる。また、TIBORスワップは流動性が低いからということで、TIBORローンをLIBORスワップでヘッジする、という実務は普通に行われている。

円金利のローンはTIBORが多いことから、そのヘッジ手段としてTIBORスワップに対するニーズは安定的に存在している。しかし、TIBORはローンでの使用がメインであり、スワップなどのデリバティブは「おまけ」というような位置づけなので、TIBORスワップマーケットに厚みが出てくる可能性は低いだろう。

2.3 TORFスワップマーケットは出てくるか?

円金利の後継指標は、デリバティブにおいてはTONAで決まり、となっている。インターバンクはTONAスワップがメインだが、事業法人にニーズがあるTORFスワップのマーケットに厚みは出てくるだろうか?

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