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大戦防・逆面・皇居の神風串呂(串呂哲学研究ノート№154)

この記事は、神皇正統家極秘伝神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を分かりやすく解説したものです。

串呂(クシロ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した元伊勢クシロの事です。

元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだといわれていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築して来たので、そのように言われてきたのです。

ここでは、大戦防・逆面・皇居の神風串呂をご紹介しています。

神風串呂(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!


大戦防・逆面・皇居の神風串呂

1、三宅島の噴火で大戦を予知

三浦芳聖が軽井沢の近衛家の山荘で、近衛文麿公の諮問に答えて、国難打開の秘策を進言中の昭和15年(1940)7月12日夕刻、何と三宅島雄山が噴火し、死者11名、負傷者20名など大きな被害がでました。 明治7年(1874)の噴火以来66年ぶりの大噴火でした。

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7月12日北東山腹より噴火、溶岩流出。14日から山頂噴火。多量の火山灰、火山弾放出。死者11名、負傷20名、牛の被害35頭、全壊・焼失家屋24棟、その他被害大。(三宅島噴火の歴史/気象庁

この三宅島雄山噴火の情報に接し、芳聖は、霊感で「大戦勃発」を予知し、近衛公に5万分の1の地図を、北は福島県から、南は三宅島迄の分を買って貰い、繋いで貼り合わせ、

「大戦防」(だいせんぼう・結城市大字武井)から「三宅島雄山」(みやけじまおやま・東京都三宅村)へ串呂してみました。

すると、その線上に「逆面町」(さかづら町・宇都宮市)と皇居(千代田区)が串呂していました。

即ち「大戦防の逆面が現れる」、言いかえると「大戦に巻き込まれるぞ!」という神風串呂(大戦防ー逆面)だったので驚きを隠せませんでした。

2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

始めての方は、下記の記事を参照してください。

3、三宅島雄山と大戦防との神風串呂

三浦芳聖は、三宅島雄山(東京都三宅村)と大戦防(結城市大字武井)とを串線すると、次の様な神風串呂になると述べています。

大戦防逆面01

三宅島雄山」(東京都三宅村)ー「池田」(三浦市)ー「池田町」(横須賀市)ー「昭和」(川崎市)ー「皇居」(東京都)ー「庄和町」(春日部市)ー「大戦防」(結城市)ー「逆面町」(宇都宮市)

(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』序文60頁、クリックで拡大します。現住所に改めました。庄和町は、昭和29年/1954年7月1日成立、平成17年/2005年10月1日消滅)

【地文のみ掲載】
「三宅島雄山」ー「池田」ー「池田町」ー「昭和」ー「皇居」ー「庄和町」ー「大戦防」ー「逆面町」

【地文の解釈】(地文に地図がリンクしています。)
(1)三宅島雄山(みやけじまおやま、東京都三宅村)
三宅(みやけ)は、宮家(みやけ)=皇族・皇室を表わす地名です。雄山は男性を表わしますから、男性皇族を表わします。

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三宅島雄山
東京都三宅島(地図マピオン)

(2)池田(いけだ、三浦市南下浦町松輪)
横須賀市の池田町とで池田二串の確定立証の串呂を構成しています。リンクの地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

米ソ間の緊張が高まり、核戦争寸前にまで達したキューバ危機(昭和37年/1962年10月~11月)の時、日本の内閣総理大臣が池田首相であった事と、この池田は、関係が有ります。(池田内閣・昭和35年/1960年7月19日~昭和39年/1964年11月9日)

昭和37年(1962年)8月24日にも三宅島雄山が噴火しています。

三浦市池田
三浦市南下浦町松輪(国土地理院地図)

(3)池田町(いけだ町、神奈川県横須賀市)
三浦市の池田とで池田二串の確定立証の串呂を構成しています。

米ソ間の緊張が高まり、核戦争寸前にまで達したキューバ危機(昭和37年/1962年10月~11月)の時、日本の内閣総理大臣が池田首相であった事と、この池田町は、関係が有ります。(池田内閣・昭和35年/1960年7月19日~昭和39年/1964年11月9日)

昭和37年(1962年)8月24日にも三宅島雄山が噴火しています。

横須賀市池田町
神奈川県横須賀市(地図マピオン)

(4)昭和(しょうわ、神奈川県川崎市川崎区)
昭和時代や昭和帝を表わす地名です。春日部市の旧庄和町とで昭和二串の確定立証の串呂を構成しています。

ここでは、昭和時代に大戦防の逆面(世界大戦)が現れると解釈します。

川崎区昭和
神奈川県川崎市川崎区(地図マピオン)

【参照】下記の昭和電工川崎工場もこの串呂線上にあります。下記爆発の起きた昭和39年(1964)6月11日は、池田内閣の時代です。

昭和電工川崎工場
神奈川県川崎市川崎区扇町(地図マピオン)

1964年(昭和39年)6月11日午後3時10分頃、川崎市扇町(現・川崎市川崎区扇町)の昭和電工川崎工場で、高さ12m・直径6mのタンクに貯蔵されていた酸化プロピレンが爆発。半径50m以内は鉄材を除きすべて吹き飛んだ。資材庫や分析室、工事事務所など310m2を焼き、夜8時ごろ鎮火した。この事故で、死者18名、重傷者56名、軽傷者61名の人的被害が出た。

昭和電工川崎工場爆発事故- Wikipedia

私は、なぜ大戦防-逆面と昭和が串呂するのかと問い続けて来ました。色んな原因があるだろうと思いますが、その一つは、昭和天皇の誕生の秘話をはじめとする数々の皇室スキャンダルである。

鬼塚英昭氏は、下記の著書の中で、元皇族・首相東久邇稔彦が仏心会の河野司に語った話として「大正天皇に子種がなく、昭和天皇は別の男の種から生まれた」を紹介し、また昭和天皇の母親である貞明皇后と宮内大臣牧野伸顕との不倫などのスキャンダルで脅され、米国のオレンジ計画に沿って八百長戦争を起すよう強要され、従わざるを得なかったと書いています。

鬼塚英昭著『日本のいちばん醜い日』(2007年7月21日、成甲書房)
鬼塚英昭著『日本の本当の黒幕』(2013年7月6日、成甲書房)

下記の著書には八百長戦争だったことが詳述されている。
 柴田 哲孝著『異聞 太平洋戦記』 (講談社文庫)
 柴田 哲孝著『ISOROKU 異聞・真珠湾攻撃』(祥伝社)

(5)皇居(こうきょ、東京都千代田区)
日本の天皇家の御所(住居)です。

芳聖は、「三宅島」(宮家)ー「皇居」ー「大戦防」ー「逆面町」の串呂を始めとする神風串呂地文の上より見て、国の象徴たる天皇の皇居の位置が極めて不適格として、昭和31年1月より皇居遷都提唱運動を実施しました。

【参照】皇居遷都提唱運動については、下記を参照ください。

皇居
東京都千代田区(地図マピオン)

(6)庄和町(しょうわ町、埼玉県春日部市西金野井、平成17年消滅)
庄和(しょうわ)は昭和(しょうわ)に同じで昭和時代や昭和帝を表わす地名です。川崎市昭和とで昭和二串の確定立証の串呂を構成しています。

ここでは昭和時代に大戦防の逆面(世界大戦)が現れると解釈します。この庄和町は、戦後の昭和29年に成立しました。

それは、この串呂の生命が、第二次世界大戦(大東亜戦争)で終わっておらず、むしろ補強されたことを表わしています。

庄和町は、平成17年に消滅しましたが、庄和郵便局、庄和インターチェンジ等、庄和地区は残っています。

昭和29年(1954年)7月1日 - 宝珠花村・富多村・南桜井村・川辺村が合併し、北葛飾郡庄和村となる。平成17年(2005年)10月1日、隣接する春日部市と合併し、新しい春日部市の一部となったため消滅しました。
『ウィキペディア』庄和町

春日部市庄和町
埼玉県春日部市西金野井(地図マピオン)

(7)大戦防(だいせんぼう、茨城県結城市大字武井)
大戦を防ぐ=平和を維持する事を表わす地名です。

大戦防
茨城県結城市大字武井(地図マピオン)

(8)逆面町(さかづら町・栃木県宇都宮市)
逆の面を表わす地名です。ここでは、大戦防の反対の大戦が勃発することを表わします。

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栃木県宇都宮市逆面町(地図マピオン)

4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

「三宅島雄山」ー「池田」ー「池田町」ー「昭和」ー「皇居」ー「庄和町」ー「大戦防」ー「逆面町」

昭和15年(1940年)7月12日から始まった三宅島雄山の噴火によって、昭和帝の御代、大戦が勃発する事を昭示された神風串呂です。現実に、それから1年5ヶ月後の昭和16年12月8日、大東亜戦争が勃発しました。

三浦芳聖が軽井沢の近衛家の山荘で、近衛文麿公の諮問に答えて、国難打開の秘策を進言中に解明された「この大戦防・逆面の神風串呂」は、時の為政者・近衛文麿公への神界からの啓示でした。

近衛文麿公が、この警告をどこまで信じたかは分かりませんが、串呂主宰神(日本神界)は、芳聖を通して、我が国が昭和帝の御代、大戦に巻き込まれる運命にある事を「近衛文麿公」に事前に警告されていたという事です。

三浦芳聖が、昭和30年/1955年1月から昭和34年/1959年6月まで、文書により政府当局者や国会議員等に呼びかけた皇居遷都提唱運動は、この大戦防・逆面の串呂を始め「皇居」の位置が串呂哲学上不適格で、敗戦・被占領の原因だとして行われたものです。

戦後、昭和37年/1962年10月~11月のキューバ危機の時、日本の内閣総理大臣が「池田首相」であったため、この大戦防・逆面の串呂が再び現象化することを恐れた三浦芳聖は、日夜、神界伝法の「大戦防の秘法祭祀」を厳修し未然に防ぎました。

「三宅島」(宮家)ー「皇居」ー「大戦防」ー「逆面町」の神風串呂から、我々日本民族は、ここに串呂主宰神(日本神界)のご神意を読み取らねばなりません。

なぜこのような神風串呂があるのでしょうか。日本民族の将来を開く鍵がこの串呂に秘められているのです。

是非、国土地理院発行の5万分の1の地図を貼り合わせて、実際にご研究下さるようお願いします。新たな発見が有りますよ。

【参照】三浦芳聖伝 33、三宅島の噴火で大戦を予知(№153)

前号(№153)   次号(№155)

串呂哲学研究ノートバックナンバー(総合)

情報拡散のお願い

 この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖の伝記及び三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
 三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

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串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

(出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。)
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読者の皆様方のご支援に感謝しています!三浦芳聖先生の著書を復刻し、地文の住所を新住所に改め、プロのグラフィックデザイナーに依頼して串呂図のCG化を推進しています。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。