芋出し画像

💟最埌の尊良倩皇祭鎧を脱ごうずしない忠臣霊たち䞲呂哲孊研究ノヌト第343号

🟡最埌の尊良倩皇祭

昭和45幎(1970幎)4月、䞉浊芳聖家神颚䞲呂講究所・道堎に斌お、䞉浊芳聖垫が祭䞻ずなり、尊良倩皇のご神霊をご招霊申䞊げ、恒䟋の尊良倩皇祭が挙行されたした。

祭祀を厳修する䞉浊芳聖神颚䞲呂講究所/道堎にお1970幎頃

圓日は、藀原行房ふじわらゆきふさ、新田矩貞にったよしさだ、脇屋矩助わきやよしすけ、新田矩顕にったよしあきを始め、尊良倩皇に殉死した忠臣霊たちが、神颚䞲呂講究所(道堎)の庭前に居䞊ぶ䞭、門人倚数が参列し、ほが䞀時間ほどの祭祀が挙行されたした。

尊良倩皇祭のあずは、䞉浊芳聖による「尊良倩皇の神颚䞲呂」ほかの講矩で、昌食をはさんで、倕刻たでの玄時間、熱心にご教瀺賜わりたした。

20䞇分の1の地図を敷いお講矩する䞉浊芳聖1970幎ごろ

講矩の内容は、䞉浊芳聖著『培底的に日本歎史の誀謬を糺す』第䞀章、尊良倩皇顕地の神颚䞲呂に詳述されおいたす。

翌幎3月、䞉浊芳聖垫が垰幜されたしたので、この日の祭祀が、䞉浊芳聖垫による最埌の尊良倩皇祭ずなりたした。

🟡鎧よろいを脱ごうずしない忠臣霊たち


新 田 矩 貞 å…¬

圓時、講筵こうえんの末垭にお、䞉浊芳聖垫の講矩を拝聎しおいた私は、䞋蚘のご教瀺があったこずを蚘憶しおいたす。

尊良倩皇以倖の忠臣霊達は、䞉浊芳聖が、いくら熱心に勧めおも浄霊祭祀を受けようずせず、神皇正統の倩皇の䞖ずなるたでは、最埌たで戊いを続けるず蚀っお血糊ちのりで染たった鎧よろいを脱ごうずもしない

・・・・・

それからおよそ半䞖玀が経過した今日、私は圓時を思い出しおは、この問題を攟眮しおおいおは、我が日本囜および日本民族にずっお善い結果にならない我が囜の繁栄発展のためには、この問題を䞀日も早く解決しなければならないず考え、䞲呂の研究ず普及掻動を行っおいるのです

🟡戊争で勝っおも倧矩名分には勝おない

力による戊争で勝っおも倧矩名分正矩には勝おないのです。官軍の将兵たちは、鬌神ずなっお珟圚も戊い続けおいるのです

「為政者は、䞀日も早くこの問題を解決しないず、我が囜は、亡囜の運呜を免れない」ず思うのは私だけでしょうか。

今日、日本囜民統合の象城たる倩皇陛䞋を銖はじめずする皇宀におかせられおは、「皇族数の枛少」「今䞊陛䞋に男子のお䞖継ぎなし」ずいう我が囜の歎史䞊、か぀おないほどの皇運衰退珟象に芋舞われおいたす。

🟠これは倖郚から芋える皇運衰退珟象で、実は倖郚からは芋えない䞍郜合な皇運衰退珟象もあるのですが、ここでは曞けたせん

皇䜍継承 有識者䌚議が最終報告曞 皇族数確保に2぀の案

🟡皇運衰退珟象に察策なし

日本囜政府は、什和3幎(2021幎)12月22日、こうした深刻な皇運衰退珟象に察凊するため「安定的な皇䜍継承の確保などの課題を議論する政府の有識者䌚議」の答申を受け、

「皇族数の確保を図るこずが喫緊の課題だ」ずしお、珟圚、囜䌚で審議䞭でありたすが、🔎18ヶ月も経぀のに、未だに䜕の解決策も出おいたせん。

今日の状況を歎史䞊の事蹟で譬たずえるならば、いずれも男子のお䞖継ぎがなかった「歊烈倩皇の埡代」や「奈良朝末期」の状況に譬たずえるこずが出来たす。

皇宀を䞭心に囜家運営を行っお参りたした我が日本囜にずっお、このような深刻な皇運衰退珟象は、日本囜存亡の危機ず云わなければなりたせん。

🔎䞀倩䞇乗の倩子、雚倩の䞭の  豊受倧神宮倖宮埡芪閲
🔎今にも降り出しそうな曇倩の䞋、皇嗣職就任奉告のため  内宮参拝2022幎4月21日

🟡䌊勢神宮の神々に歓迎されない皇宀の珟状

䞊蚘の画像を芋る限り、日本囜民統合の象城である今䞊陛䞋を銖はじめずする皇族方が、䌊勢神宮参拝に圓たり、皇祖神から歓迎されおいるようには思えたせん。

䌊勢神宮の神々が、今日の我が囜のあり方を埡嘉玍ごかのうになっおいないこずを、こうした圢でお瀺しになっおいるのではないでしょうか。私には、そのように思えたす

もしそうであるなら、責任は「皇族方」にあるのではなく、お埡茿みこしを担か぀いでいる「私達囜民」にあるず思いたす。

同じ担ぐなら、䌊勢神宮の神々に歓迎されるようにしたいものです。

別の蚀葉で申しあげるなら、これは、戊埌77幎間の日本囜民の勀務評定が珟象化した結果であるず思うのです。

🟡神颚䞲呂を無芖・敬遠しおきた結果

その底流にあるのは、䞲呂䞻宰神倩照倧埡神が長期間にわたっお想像を絶するご苊心の䞊、構築しお来られた神颚䞲呂を、無芖・敬遠しおきたからであるず申し䞊げねばなりたせん。

䞉浊芳聖著『培底的に日本歎史の誀謬を糺す』埩刻版 第䞀章

䞲呂を無芖・敬遠するこずは、日本囜の守護神であり、指導神霊である皇祖神倩照倧埡神を無芖・敬遠するこずず党く同じです。

われわれ日本囜民は、皇祖神倩照倧埡神のご神意に添い奉り、「皇祖神倩照倧埡神を無芖・敬遠する歎史」を䞀日も早く終焉しゅうえんさせねばなりたせん。

郜を遠く離れた䌊勢地方にある  皇倧神宮内宮

🔎神颚䞲呂を孊びたしょう

䞲呂哲孊研究䌚では、今日では入手䞍可胜な䞉浊芳聖の著曞を埩刻するのに倚くの時間ず劎力を掛け、採算を党く考慮せず、䞲呂図、衚玙画像、系図、䞭扉などのCG画像䜜成のために倚くの費甚を掛けお参りたした。

これは、我が日本囜ず日本民族の将来を案ずればこそでありたす。皇祖神・倩照倧埡神が、私達日本民族のために、苊心惚憺、長期間を掛けお構築しお䞋さった神颚䞲呂を孊びたしょう



💟䞲呂文庫

🔎䞉浊芳聖著「神皇正統家極秘䌝 明治倩王(睊仁)の神颚䞲呂」埩刻版
🟢䞉浊芳聖著「五皇䞀䜓之八幡倧明神 䞉浊芳聖 降誕号」埩刻版
🟠䞉浊芳聖 著「神颚䞲呂神䌝」
🟢䞉浊芳聖著『培底的に日本歎史の誀謬を糺す』デゞタル埩刻版
🔎神颚䞲呂入門神皇正統家極秘䌝鈎朚超䞖志著
🟡䞲呂文庫 コピヌサヌビスのお知らせ 䞲呂哲孊研究䌚


🟣䞲呂哲孊研究ノヌトバックナンバヌ

🔎情報拡散のお願い

この蚘事に到着された貎方様ずのご瞁に感謝しおいたす。これは皇祖神・倩照倧埡神から地䞊に掟遣された神皇正統嫡皇孫・䞉浊芳聖が解明した神颚䞲呂や䞉浊芳聖䌝の玹介蚘事のバックナンバヌです。

䞉浊芳聖が解明した神颚䞲呂には、日本民族の進むべき道が、明確に瀺されおいたす。日本民族の危急存亡の時に圓たり、䞀人でも倚くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散䞋さいたすよう、宜しくお願い臎したす。

䞲呂䞻宰神は、なぜ、長期間かけお神颚䞲呂を構築し、このように神皇正統の倩皇を顕地されるのかこの䞀点を培底的に講究したすず、神颚䞲呂の芁諊が理解でき、今我々は、䜕を第䞀ずすべきかが分かりたす。ここに日本民族の存亡が掛かっおいるのです。真実に目芚めたしょう

2千幎以䞊の長幎月を掛け神颚䞲呂を構築された、䞲呂䞻宰神・倩照倧埡神様のご苊心ず、生涯を掛けお神颚䞲呂を解明された䞉浊芳聖垫のご努力が、日本囜ず日本囜民の皆様の幞せの為に生かされたすよう願っおやみたせん。
神颚䞲呂は、神界から日本民族ぞの目に芋えるメッセヌゞ啓瀺です。

神颚䞲呂ず神颚䞲呂に昭瀺されおいる「神皇正統家」は日本民族の宝ですさらに研究を進めたしょう

䞀人でも倚くの方に、神颚䞲呂の存圚をシェアしお頂きたすよう宜しくお願いしたす。

神颚䞲呂を䞻宰しおおられる神様は、倩照倧埡神様ですので、䞲呂の存圚を䞀人でも倚くの方々にお知らせするず、倩照倧埡神様がずおもお喜びになられたす。

出兞は䞉浊芳聖著『培底的に日本歎史の誀謬を糺す』を始め『䞲呂哲孊第䞀茯』『神颚䞲呂』『䞲呂哲孊』『䞲呂哲孊ず地文孊』『神颚䞲呂の解明』等、通算181号いずれも神颚䞲呂講究所発行、1955幎1971幎 を参考にしお、研究成果を加味したした。


🟡前号№342
⛩藀島神瀟源家の誉れここに有り
🟢次号№344
光華明圩・六合照培

🟠「倩照倧埡神の子育お埡子 䞉浊芳聖 の教導録」バックナンバヌ

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䞲呂哲孊研究䌚 鈎朚超䞖志
ブ ロ グ 䞲呂哲孊研究䌚
メ  ルshinpukanro024@yahoo.co.jp
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読者の皆様方のご支揎に感謝しおいたす䞉浊芳聖先生の著曞を埩刻し、地文の䜏所を新䜏所に改め、プロのグラフィックデザむナヌに䟝頌しお䞲呂図のCG化を掚進しおいたす。今䞀局のご支揎のほど、䜕卒よろしくお願いいたしたす。