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三浦芳聖伝 46 小室門院の御陵発見(№168)

小室門院の御陵発見

1、祭祀中の地震で地図を霊視

第98代小松天皇の皇后・小室門院元子内親王の終焉の地は、三浦家系図には何も記されてなく、全く手掛かりの無い状況の中で、神界からの霊示により発見する事が出来ました。

三浦家系図には、小室門院については「桑年(48才)の御時、足利義満自ら率いる大軍に、富士の皇居を猛攻粉砕された」程度の記事が書かれてあったのみでした。

小室門院は、この富士の皇居が落城したあと、集結予定地の浜松市天竜区春野町小俣「京丸」にたどり着けなかったようです。

三浦芳聖は、昭和23年(1948年)8月3日、静岡県磐田市の神増原台上にある小松天皇の御陵及び浜松市天竜区船明の第99代松良天皇皇后・綾子姫の御陵「上臈塚」に参拝後、静岡県磐田市の門人「松山家」に宿泊し、

午後9時頃から祭祀を開始したところ、祭祀中に強い地震があり、その地震の最中、芳聖の霊眼に極めて明瞭に、静岡県中部の5万分の1の地図が映じたかと思うと、地図上に下記のように串呂が出現したのです。

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』179頁
三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第七章

上記の串呂は国土地理院発行の五万分の一の地形図「掛川」「御前崎」の2枚を貼り合わせると確認できます。是非、実際にご確認下さい。

(1)菊川の「堀之内」から相良町の「堀之内」へ線が引かれ、更に(2)榛原町の「堀之内」から小笠町の「堀之内」へ線が引かれ、更に(3)島田市菊川の「松島」という所から牧之原市の「鬼女新田」に線が引かれ、

三本の線のほぼ交叉地点に塚が見えたので、後で5万分の1の地図で確認すると、御陵墓のおよその位置(牧之原市大寄部ヶ谷台上)が判明したので、後日、門人と共に調査に出かけた処、地元では「妙覚塚(みょうがくづか)」と呼ばれ、村が管理している古い五輪の塔のある墓地でした。

しかし、この時、この妙覚塚がどなたの御陵墓であるかは未解明でした。妙覚塚が第98代小松天皇皇后・小室門院元子内親王の御陵と判明するのに、この時から10年以上の歳月を要したようです。

その理由は、三浦家の系図には、京丸で皇太后崩御と書かれてあったため、三浦芳聖は、小室門院元子内親王は、京丸でお亡くなりになったと思っていたためです。

神界からの霊示がなかったのは「妙覚塚」が、どなたの御陵であるかは、串呂を解明することで確定せよという串呂主宰神(御祖大神=天照大御神)の強い御神意があったからだと思います。

ここから、串呂主宰神が、串呂が解明される事を、いかに重要視されているか、又それ故に、神風串呂の構築が、いかに大変だったかという事を垣間見ることが出来るのです。

2、5万分の1の地図で確認しましょう

現在の住所では下記のようになります。(  )は旧住所。
(1)菊川市堀之内(菊川町)――塚――牧之原市堀之内(相良町)
(2)牧之原市堀之内(榛原町)―塚――菊川市河東堀之内(小笠町)
(3)島田市菊川松島――――――塚――牧之原市鬼女新田

堀之内は、お濠を廻らされた御陵を表わす。鬼女は、非業の最期を遂げ大蛇(地縛霊)になっていた小室門院の霊のを表わす。松島は小室門院に最後まで供奉していた臣下の子孫か。

菊川の「堀之内」(菊川市堀之内

菊川堀之内
(国土地理院地図)

相良町の「堀之内」(牧之原市菅ケ谷堀之内

相良町の堀之内
(国土地理院地図)

榛原町の「堀之内」(牧之原市細江堀之内

榛原町堀之内
(国土地理院地図)

小笠町の「堀之内」(菊川市河東堀之内

小笠町堀之内
(国土地理院地図)

「松島」(島田市菊川松島

松島
(国土地理院地図)

「鬼女新田」(牧之原市鬼女新田

鬼女新田
(国土地理院地図)

更に、後日の研究の結果、下記の「中原」三串の串呂も解明されています。抜里は、狸気を抜く=浄化するの意味。中原は中央政界を表わす。

抜里」(静岡県島田市川根町)-「中原」(牧之原市東萩間)-「小室門院御陵」(牧之原市大寄部ヶ谷)-「中原」(牧之原市上朝比奈)-「中原」(御前崎市白羽)

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』第七章(222頁)

「抜里」-「中原」-「小室門院御陵・妙覚塚」-「中原」-「中原」

「中原に鹿を逐う(ちゅうげんにしかをおう)」の中原は天下(中央政界)、鹿は帝王のたとえで、この串呂線上の「小室門院御陵」は、芳聖が天下国家の祭祀を行う「祭り場」であったことを表わします。

【参照】伊東市の小室山と妙覚塚との神風串呂(№77)
「祭場」-「小高島」-「神母野」-「始神」-「小室門院御陵・妙覚塚」-「小室山」-「芳賀」

3、妙覚塚発見時の経緯

下記は、三浦芳聖が、小室門院の御陵「妙覚塚」発見時の経緯を述べたものを転載させて頂きました。

私は、昭和23年8月3日、神皇正統第98代第51世小松天皇(御名、興良)の御陵(静岡県磐田郡豊岡村神増原台上)へ参拝して、当日随行の門人「松島寛政」(六白金星癸丑年)の郷里静岡県磐田郡広瀬村(現在、豊岡村)総兵衛下新田の「松島家」に宿泊致しました。
 此処の主人は明治41年二黒土星戊申年生の「松島金一郎」と云う人で、其の細君は明治44年八白土星辛亥年生の「松島正枝」云う人でありました。
 此時私は夜九時頃、神棚の前へ丼に水を八杯供えて、消燈して特別大祓神勅の祭祀を約一時間程実施致しました。
 丁度其の祭祀の最中、私の霊眼に極めて明瞭に、静岡県中部の5萬分の1の地図が映じ、その内、菊川の「堀之内」という所から、相良町の「堀之内」という所へ筋が引かれ、更に榛原町の「堀之内」と云う所から、小笠町の「堀之内」と云う所へ筋が引かれ、更に「松島」と云う所から、「鬼女新田」と云う所へ筋が引かれ、此の
 (1)菊川の「堀之内」―――――― 相良町の「堀之内
 (2)榛原町の「堀之内」――――― 小笠町の「堀之内
 (3)「松島」――――――――――「鬼女新田
の交叉点の所に「塚」が映り、前図の様な串呂の図が私の霊眼に明瞭に映じた時、突如時計の振り子の止まる程の地震があり、後ろで特別大祓を拝受していた松島家の人々や、近所の人々は「それ地震だ!」と戸外へ飛び出し、私も神棚よりお供物が転倒して落ちて来たので、正直な所ヒヤヒヤ致しましたが、霊眼に右の串呂が明瞭に映じた瞬間で有りましたから、之は神霊より一大事の事だぞとお示しになった為と判断し、そのまま特別大祓を厳修し終わりまして、電燈をつけて早速5萬分の1の地図を鞄から出して、門人と入念に調べると、霊眼に映じた通りの地名がありまして、その串呂の交叉する所は大体に於て、静岡県榛原郡萩間村(現在相良町)大字大寄部ヶ谷附近でありました。(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』180頁、改行、句読点、送り仮名を補い数字はアラビア数字に誤字を訂正しました。)

4、小室門院元子内親王について

小室門院元子内親王については、下記を参照ください。


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🟠情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

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神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

前号(№167)
次号(№169)

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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
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