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ビートルズがやってくる(「ナウ・アンド・ゼン」)

松村雄策氏はビートルズリバイバルのたびに「もう彼らはいない。ビートルズはしんだ。あなたのビートルズはまだ違うというならあなたがころしなさい」と過激なコメントをしていた記憶がある。またハリウッドボウルのライブがスーパーライブとして発売された時も「これを聞くべきなのは若いファンではなく当時そこにいた貴方たちだ。貴方はいまどこに行ったのだ」とビートルマニアを卒業してしまった同世代に呼びかけた。熱心なビートルズファンの松村氏だからこそビートルズがゾンビのように何度も復活してくることに違和感を感じていたのかもしれないな。

というわけで「ナウ・アンド・ゼン」なのです。これは1994年から95年にかけて行われたアンソロジー・プロジェクトの時の未完成デモだったジョンの曲に最新のAI技術でボーカルを伴奏やノイズから分離し、さらにポールとリンゴが音を足して30年近くかけてようやく完成したというもの。フリー・アズ・バードやリアル・ラブでは気になったジョンの声の音質の悪さ(特にリアル・ラブではジョンの歌の合間でフェーダーを下げるためかかえってノイズの箇所が目立つ編集だった)が払拭されたものになっている。ひとつの曲としてのアレンジやハーモニーや全体の構成などの完成度は前の2曲の方がすぐれているかもしれないが少なくとも音質などレコーディングの水準は桁違いに上がったと言える。
曲調としては特に盛り上がる箇所もなく、比較的地味で淡々とした曲だがなんとも味わいのある曲になってる。前の2作がジェフ・リン作品らしさを丸出しにしてたことを考えるとこちらの方がよりビートルズの作品という雰囲気がある。

何年か前、美空ひばりを復活させるプロジェクトをNHKでやってた。生前の声をまさにAIで新たに作り出したり、CGでホログラムをつくったりしてた。

なくなった人が実際に歌ったものや話したことが使われているならまだしもこれはうーんどうなんだろうと思いながら見ていた。ある種「ペット・セメタリー」と同じで、もう二度と帰ってこないものが復活してきたらそれはゾンビなわけで本当にそれがファンが見たいモノなのかは疑問だなと感じていた。現在は技術の進歩によりいわゆるディープラーニングによってフェイク画像はいくらでもできるらしい。もはや本物かどうかなんてどうでもよくなっているのかもしれない。

以前ポール・マッカートニーがベックとコラボしたリミックスのMVで当時すでに80歳近いポールのデジタル・ツインというべき若きアバターが歌い踊りまくるのがあったけど、これからの時代は「不気味の谷」(ロボットがあまりに人間に似過ぎると気持ち悪がられる現象)なんて誰も言わなくなるくらいこういうAIによるフェイクが増えてくるのでしょう。それをとやかく言いたいわけではないのだけれど。

ビートルズの「ナウ・アンド・ゼン」に関しては美空ひばりやポールのアバターほどの居心地悪さは感じなかった。もともとのベースにジョンのデモ音源があってそれに足してるだけだからかもしれない。それでもコーラスを足す際にもうジョージの歌声は存在しないわけだから昔の「ヒア・ゼア・アンド・エブリウェア」なんかのコーラスから持って来て当てたりするのはおいおいキーさえ合えばいいのかよジャイルズ!とは思うし、映画ゲットバックでそのAI抽出技術をいかんなく活用したピーター・ジャクソン監督が「まだジョンのデモや未発表音源はいっぱいあるからきれいに抽出して片っ端からポールとリンゴに作業してもらったらビートルズの新曲はいくらでも出来るよ!まだポールには言ってないけどさ」とか言ってるのを聞くと、おいおいそれ言っちゃっていいのかよピーター!とは思うけども、まあ今のところはなんとなくまだOKだ。

僕にとってのビートルズとはファンになった時にはすでに解散していたし、気付いたらジョンはいなくなり、もう4人で集まることは永久に不可能になった時点ですでに過去のバンドでしかなかった。それでもかろうじてジョージとポールが歩み寄ってまた音楽活動してくれただけでもうれしかったのでフリー・アズ・ア・バードの頃は狂喜乱舞まではいかないけど相当前向きに受け止めて買ったりしたけどそのジョージもいない今、これをビートルズの新曲です、といってしれっと出すのはどうなのかなという引っかかりはなくはない。ただ、志村のいないフジファブリックは僕にとってはもうまったく別のバンドなのだけどそんな偏屈なことを言う人はさすがに今はもうあまりいないことを考えるといつまでもめんどくさいことを言うのではなくポールとリンゴがこれはビートルズですといえばファンとしては「わかりました」と承るのが一番正しい姿なのだろう。なのでちゃんと聞いてみよう。

「ナウ・アンド・ゼン」はフリー・アズ・ア・バードやリアル・ラブやグロー・オールド・ウィズ・ミーが振り返るとやはり強烈にジョン・レノンのソロ作であったことや、あるいはジェフ・リン印にデコレーションされた美しき完パケだったことを鑑みると、こちらの方がよりビートルズっぽい作品になってると思います。だからこそ海外の一部の新聞の論評にあったように今の時代では古く暗く聞こえるのでかもしれない。

でもそれでいいんだよ。だって天下御免のビートルズなんだもの。

付記・ちなみに本日11月10日に赤盤と青盤のダウンロードをしたのだけど、いやこれジャイルズ・マーティンがインタビューで言ってた通りで、むしろ新曲はこちらの方だった。初期の音の悪いモノや左右泣き別れステレオや疑似ステレオなどが今回のゲットバックで使われナウ・アンド・ゼンでも使われたAI技術によって見事に生まれ変わっている。きっとこういうことに使うのならいいんだよな。AIって。

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