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膝枕で耳かきされてきた(30代・女性)


 有言実行レポです。

 12月16日。その日はとにかく疲れていた。
 ここ1年くらい、就寝時の標準装備は、眠剤と耳かきASMRとホットアイマスクだった。
 耳かき ASMR というものの存在自体は数年前から知ってはいたけれど、知ったその時は「ふぅん、そういうのもあるんだ」くらいの感覚だったのが、自分の性癖にドンピシャ刺さる作品に出会ってしまってからは、DLsiteやYoutubeを巡回しながら、自分の琴線に刺さる作品を見つけては買い漁って過ごしてきた。最近はあまり新しいものには手を出せてないけど、「とりあえずあったかいお布団でこれを聞けば眠れる」という鉄板はいくつかあるので、その辺りで夜な夜なMPを回復させながら日々を過ごしている。

 しかし、色々な作品を聴き込んでいるうちに、まあ当然ながらこんな疑問にぶち当たる。

「実際に人に耳かきしてもらうのって、どんな感じなんだろう……?」

 多分幼少の砌には母親の膝で耳かきをしてもらっていた気はするんだけど、これがまた力加減とか容赦のない人だったので毎回結構痛い思いをしていて、わりと早いうちから耳掃除は自分でするようになっていた気がする。何なら他人に耳を触られるのもそもそもそんなに得意じゃなくて、美容室でのシャンプーの後にタオルで耳の辺りを拭かれるのも結構最近まで苦手だった……という経緯もあって、気にはなってるけど一歩踏み込めないっていう状態が長いこと続いていた。

 しかしその日、年の瀬も迫り職場もひっちゃかめっちゃかで、仕事はやればやるほど増えていくし、時間はないしで、多分、判断力が低下していたんだと思う。
 翌日17日の昼過ぎに病院受診の予約を入れていて、その後15時過ぎに秋葉原で人と会う約束をしていた。病院は自宅の近くなので、直接行くと絶妙に時間が余るということに気づいた。
 秋葉原、といえば。老舗の耳かき屋があることは知っていた。気がついたらわずかな昼休みにおにぎりを呑み込みながら「秋葉原 耳かき」でググってた。ホームページを見ると予約は電話からとのことで、いくら判断力が低下していたとしても職場からかけるのはちょっと気が引けたので、営業が22時までということだけは確認して、とりあえず一旦ブラウザアプリを閉じた。
 勤務が終わって帰って時計を見ると21時。もう一度ホームページをしばし眺めてみた。予約必須とは書かれていないし電話するのもこわいけど、じゃあ予約なしで凸できるのか?多分出来ないな。ええいもうどうにでもなれと電話番号をタップした。ワンコールで男の人が出た。明日の14時半から30分で、と伝えると指名の有無を訊かれた。そういえば在籍してるキャストさんの一覧があったけどあんまりよく見てなかったから特になしと伝える。じゃあ14時半でお待ちしていますね、ということで予約が完了してしまった。
 でも本当に疲れていたせいか、この時は特に何の感慨もなく、病院が予約した時間通りに終わると良いなあくらいの感想しかなかった。

 そして翌日。病院はとても混んでたし、薬局もめちゃくちゃ混んでて、年明けまでの分の処方薬をもらった時にはもうぐったりしてしまっていた。病院の最寄りから電車に乗る。秋葉原駅からはちょっと歩くようだったけど、なんだかんだ結構余裕を持って動けていた。でもこの余裕が命取りだった。余計なところに思考が巡る。

「もしかして、私、なんかまずい扉を開いているんではないか……?」

 しかし、もう予約は済んでいるのだ。こんな土壇場にキャンセルの電話を入れるのも怖いし、ドタキャンするのも気持ちが悪い。この後の約束までには中途半端に時間があるので、ここから時間を潰す方法を別に考えるのも、今の私にはしんどい。どんよりと曇った中でよく知らないまちをとぼとぼ歩く。駅から10分ほど歩くと、小さな雑居ビルの前に「膝枕 耳かき」と書かれた看板が出ている。2Fに上る階段は薄暗くて、ちょっと勇気が要った。階段の前で逡巡している私を、傍を通り過ぎるおじさんが訝しげに見ていた(これを被害妄想という)ので、慌てて階段を登った。

 階段の先には、カウンターとソファーのある待合室があった。カウンターにはあまり愛想のない男性がいた。予約した旨と名前を言って、前金制ということでお金を払うと、すぐに呼ぶのでソファーで待っているように言われた。その間にもお店の電話はひっきりなしに鳴っていたし、何なら私が受付をした直後に常連らしいおじさんがやってきて、「指名なし1時間、大丈夫?」と訊いていた。男性店員から15時半まで空きは出ないと言われると「じゃあそこまで待たせてもらうから」と前金払ってソファーに腰掛けて漫画を読み始めた。予約しておいてよかった……という気持ちと、この玄人っぽい男性を差し置いて耳かきしてもらうのか……ということに物凄い気まずさを感じた。多分、ここが緊張のピークだった。待合室の一番隅っこで小さくなってたところで、ようやく施術用の部屋に呼ばれた。

   浴衣を着た小柄な女性に呼ばれて、薄暗い、こじんまりした和室に通される。長座布団っていうのかな。ぺたんとした長いクッションのようなものが置いてある。多分見るからにがっちがちに緊張していた私に、キャストさんが優しく話しかけてくれる。上着を鴨居にかけてもらったり、あったかいお茶を出してもらったりしている間、私はひたすら畳の目を見つめてた。

 色々準備が整って、キャストさんが目の前に座った。コース内容の確認と、触られるのが苦手なところはないかとかの確認をされた。

 そして、

「じゃあ、こちらに頭向けて寝てくださいね。どっちの耳からでもいいですよ」

 そう言ってキャストさんがご自分の膝を示しながら言う。

「あ、はい」

 と、緊張してわけわからなくなっていた私は言葉通りにキャストさんのお膝に、左耳を上にして頭を預けた。
 ……その瞬間に我に返ってしまった。

   なんで私、会ってまだ3分の女性に膝枕してもらってんの!?

 しかし時すでに遅し。

「タオルかけますねー」

 と、目元にタオルをかけられる。何ならお腹から足にかけてもブランケットまでかけられた。これはもうだめだ。逃げられない。必死で膝枕されているという現実から意識を逸らす。タオル、いい匂いする。ビジホとか美容院のタオルって、たまにすごく苦手な匂いがあったりするんだけど、大丈夫なほうの匂いだった。良かった。
 まずは耳のマッサージ、その後耳かき。それを両耳でやって、その後はヘッドマッサージと肩揉み、という流れだった。左耳をアルコール?みたいなのでひんやりと拭かれてから、じわじわ揉みほぐされる。耳つぼを押されてる……?というのはわからなかったけど、耳の血行が良くなっていく感覚はなかなか良かった。
 そしていよいよ、耳かきタイムに入る。浅いところからちょっとずつ、耳かきが入り込んでいく。「このくらいの深さでやっても大丈夫ですか?」と確認してくれるので、ここでちょっと安心感を得た。なんかこう、絶妙な深さのところで耳かきが動いているのと、キャストさんが緊張をほぐそうと、仕事とか住んでる所とか出身地の話とか、色々話しかけてくれるので、このあたりでちょっとずつ身体の力が抜けていった。あと髪色のハイライト褒めてもらったのも嬉しかったなあ。普段はやっぱり男性のお客さんが多いから、女性に施術できるのは結構嬉しいんですよとか言われると嬉しくなってしまった。現金なもんで。でも最近耳かきASMRが一気に流行ったので、女性客もじわじわ増えているようです。

 一通り耳かきされて、そろそろ逆の耳かなあなんて思ってた時に、キャストさんが突然声をかけてきた。

「お耳、ふーってしても大丈夫ですか?」
「え、あ。はい」

 もうね、この時に戻って自分をしばきたい。
 何も大丈夫じゃない。

 よくASMRでお耳にふーってやつ、あるじゃないですか。あのマイクにやわらかく息が当たるのもまあまあアレなんですけど、やっぱりちょっと過剰演出というか、音の感じが合わないとちょっとうるさくてびっくりしちゃうこともあるんですよね。

 本物、やばかった。

 なんか、うまく表現できないんですけど、多分これは体験してはダメなやつだった気がする。知らないままでいたかった。思考が停止した。
 この後、反対の耳も施術されたんですけど、もう正直記憶があんまりない。でも、だいぶ緊張とかが抜けてしまっていたので、キャストさんも意図的に言葉を少なくしてくれてたんだと思う。確信が持てないのは、こっちの耳もふーってされてしまったからです。思い出すとうわああ……ってなる。初対面の女性からそんなんされるなんて聞いてない。
 その後は頭と肩のマッサージをされて終了。肩こりが酷すぎて苦笑されました。知ってた。

 その後はゆっくり体を起こして終了。髪直すのに鏡を貸していただいたり(ありがてえ)、ちゃっかりスタンプカードももらって、お見送りしてもらって終了。ぽやぽやした状態で秋葉原に向かいました。

 そこで書いたのがこのツイート。

 相手が仕事とはいえ、自分に対して、優しく、癒すために接してくれるっていうのはすごいことなんだよなあ……と感じました。自分も広い意味でのサービス業のようなものにいるので、逆に自分がそういうふうに接せられるとちょっとどぎまぎするけど、綺麗な女の人に完全に受け身で優しくされるのは単純にめちゃくちゃ良い体験でした(感想がクズい)。

 というわけで、なんか多分すごい世界を知ってしまったレポでした。

 

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