GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?
東京都現代美術館で開催中の「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」を観てきました。横尾忠則(1936 -)の「画家宣言」後の作品を中心にその芸術の全貌を明らかにすることを謳った、大規模な展覧会です。サイトからの時間指定予約券のほか、混み具合に応じ当日券での鑑賞も可能なようです。
なお、以下の文章には展示の内容を表す部分もありますので、各自のご判断で読み進めてください。
横尾忠則について
グラフィックデザイナーとして1960年頃から活動し多くのイラストやポスター、表紙など多くのグラフィック・デザインを手がけました。1982年の個展を機に画家としての活動が活発になり「画家宣言」といわれています。2001年紫綬褒章受賞。
展示について
膨大な横尾忠則の作品を揃え、時代を辿るように、時に自身の作品を用い新たなテーマを表現する。ボリューム感のある展示でした。
絵画の初期の作品は新しい分野への試行錯誤、時代背景周辺の作家作風の影響などを感じさせますが、どこか大胆で意外性のあるモチーフ表現など横尾らしさを感じます。
リメイク/リモデルと題された部屋に近づくにつれ、横尾のグラフィック作品のモチーフのセルフリミックスや同じ構図をアレンジする反復と変換を繰り返し、新しい表現手段である絵画を自分のものにしていく様子を見せていました。
そうした絵画の作品群と、グラフィックデザインの作品の共通性やその違いを確認するようにシルクスクリーンで刷られた多くのポスター群の収められた部屋があり圧巻でした。その脇には実験フィルムのようなアニメーションが上映されて奇異な内容にも関わらず色々な人が足を止めてました。
また、膨大な滝のポストカードを用いた部屋は床や一部の壁が鏡張りとなっていました。女性向けの配慮ですが、ブランケットの貸し出しをしてありましたが、その横の張り紙「視線が気になる場合腰巻をお使いください」と書いてあり、横尾の手がけたポスターのうち寺山修司の腰巻お仙を思い出したのは私だけだろうか。
その後の部屋も様々なテーマを時代と共に移ろい描き続ける様子が伝わってきましたが、「横尾によって裸にされたデュシャン、さえも」という部屋が若干異質で、作品解説には“横尾は特に、2000年代に入ってから、デュシャン作品の細部を絵画の中に引用する…”とあったが、そのアプローチももっともだがその年代以前の作品も多用し構成されていて、既製品にタイトルをつけたデュシャン作品のような横尾にとっての(自作ではあるが)レディメイドなのかもしれないと感じました。
さらに展示室を後にして美術館のホワイエ、ギャラリースペースを利用しWithCORONA として横尾がSNS等で展開したコラージュ写真も並べられていました。イラストのモチーフである口をプリントしたマスクをスナップや引用された著名人の姿に重ね合わせる作品で、コロナによる混乱もクスッと笑わせてくる具合で心がほぐれます。
展示室にびっしりと並ぶ絵画を通じ原郷、幻境、現況と三つのGENKYOを示した大規模な展示となっていました。
横尾忠則と私
高校時代に演劇の楽しみを知り、寺山修司作品にたどり着きました。そのポスター等を手がける横尾忠則にも関心を持ち機会があれば追いかけていました。その頃見ることができたのは、DTPを用いてグラフィックデザインポスターなどを手掛けたものや、今回の展示にも並んでいましたがテクナメーションを用いた作品が中心で、70年代のシルクスクリーンポスターのような厚みやテクスチャを感じられず残念な気持ちでした。
しかしそうした時期にもこのような絵画に取り組み続けていたことを知り、改めて驚きつつ作品を堪能できました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?