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クルーズ船での新興感染症対応の困難さ②

前回からの続きです。ここからが本題かもしれません。

オペレーションの困難さ
①動線確保(https://www.princesscruises.jp/pdf/deckplan-diamonnd_inter.pdf)
 ダイヤモンドプリンセス号は大黒ふ頭に停泊し、岸壁に接岸していました。エレベーターが船首近く、中央付近、船尾近く3ヶ所にあり、それぞれ開口部がありますが、船尾の開口部は物資を搬入するための場所になっており、今回のオペレーションで上下船が可能な場所は2ヶ所に限られました。本来は感染者と非感染者で動線を分けるのがセオリーですが、以下の理由で救援者の出入りも、感染者の搬出も、中央付近デッキ4の開口部1ヶ所で行われました。
船外から細い渡し板を通って中央付近の開口部から船内に入ると、セキュリティチェックを通って医務室前のエレベーターホールに至ります。船内活動の本部および医療支援の本部は直上デッキ5中央の2つのダイニングに置かれ、階段一つを昇ればエレベーターを使うことなく最短で到達できることから、乗客・乗員との接触を最小限に抑えられるルートであり、救援者の出入り口としては最適であったと思います。もし船首側を救援者の出入り口としていれば、船室の間の狭い廊下を通り抜けるなど船内を長く歩かないと本部に到達できないこととなり、動線として不適です。
 感染者の動線との分離を考え、もう一つの船首側の開口部を感染者の下船にする、という案も検討されたようですが、75歳以上の高齢者が多数おられ、自力歩行できない方もいらっしゃるため、全体の動線が長くなってしまう船首案は理想的ではないこと、状態が悪くなった方は医務室に収容してから救急搬送されることから、救援者と同じ中央付近の開口部が感染者の搬出口として使われることとなっていました。「屋形船」「ライブハウス」などの知見が集まった現在から振り返ると、感染者が集積する医務室前のエレベーターホールはリスクの高い場所だったように思います。エレベーターに関しても運転分離が簡単には設定できない状態で、結果的に感染者と非感染者とでエレベーターを使い分けることができず、接触感染のリスクはあったと思います。
 本部が置かれた場所自体は他の人の動線とは重ならない奥まった場所であり、入口がシンプルで手指衛生や防護具着脱のコントロールはしやすい構造だったと思います。本部内の決められたスペースでは飲食可能であった点の是非については専門家の判断に任せます。


②搬送先・搬送手段確保
 検疫法および感染症法でSARS-CoV-2感染者は隔離施設に収容することになっていました。最終的に696名になったPCR陽性の方の隔離先を決め、移動のための手段を手配し、それぞれの人を確実にその施設まで運ぶ、ということがいかに大変か想像できるでしょうか。

・隔離のための病院に連絡し、受け入れを打診してどの人がどの施設に収容されるかを決定するプロセスおよび搬送のための車両の確保は神奈川県庁とその支援DMAT等が担当

・PCR陽性の搬送対象者をどの車両で搬送するかの決定は大黒埠頭のターミナルに置かれたDMAT指揮所が担当

・船内にいる対象者の全身状態のチェックと搬出口までの移動は船内医療本部が担当

・車両の準備状況と車両の行き先確認および搬送対象者と車両をマッチングしながら搬出する作業を入口担当DMATが担当

この入口担当DMATを自分自身が担当しました。当初は感染症指定医療機関の指定病床に収容していましたが、神奈川県はすぐにいっぱいになり、近隣の関東地方にも収容先が拡大しましたが、同時期に湖北省からのチャーター便帰国者の健康観察停留が行われており、停留施設で発生するPCR陽性の方の収容先を確保する必要もあり、収容先は近隣県から次第に福島県、長野県、大阪府まで拡大していきました。本来は家族のうちの一人がPCR陽性が判明して搬送され、後から他の家族がPCR陽性になった場合、同じ収容施設に行くことが望ましいですが、最大で1日99人のPCR陽性者が判明する中で全員の収容先を決める必要に迫られる中、そこまで完全に配慮することが物理的に難しかったことを申し添えます。
 その中で軽症・無症候者に関しては一般病棟のいくつかのフロア全体を確保して収容する施設が複数手をあげていただいたことで最終的に全員を収容することができました。中でも2020年4月の開設に向けて準備中であった藤田医科大学岡崎医療センターの建物を利用して最大170名の軽症・無症候者を一時滞在させる、という判断をした同施設の皆さんの英断、およびそれをサポートした市や県などの自治体の英断は大きかったと思います。この施設は病院としての開設許可は得られていない状態で、建物や病室の準備はできていたものの医療機器等は未整備で、隔離のための一時滞在施設に看護師・医師が常駐している、という枠組みでした。大黒埠頭から岡崎までは約300km、自衛隊バス、支援DMAT、警察トイレ車の車列で、休憩を挟みながら約6時間かけての移動になります。自分自身は岡崎医療センターのロジスティック支援のためのDMATとして派遣され、

・最終的にバスに乗車したリアルタイムな収容者の把握

・岡崎医療センターでの部屋割りの支援

・リアルタイムな移動状況と到着確認

・医療施設への転送必要性についての助言

・受け入れ全般についての助言

などを担当しました。


③船内からの搬出作業
 船室に隔離されている方を船外に出すまでは以下のプロセスが必要になります。1)ご本人へのPCR陽性であったことの説明(船内) 2)搬送先の決定(県庁) 3)搬送車両の決定(埠頭) 3)紹介状の作成(船の医務室) 4)荷物のパッキング(ご本人) 5)長距離移動に備えたトイレ(ご本人) 以上が完了すれば船室から入口まで移動するのを船内医療本部所属のDMATが支援します。多くの医療機関は日勤帯での受け入れを希望されますので、これらの作業は短時間に集中します。普段の下船とは違い荷物を持ちながら下船し、下船口では検疫と税関もいます。歩行困難な方や荷物の量が多い方もおられ移動には時間もかかります。この移動状況を無線で把握しながら搬送車両をマッチングし、間違いなく乗車させて出発確認をし、指揮所に報告するのが自分が担当した入口担当の具体的な仕事です。
 これらの複雑な作業は日本語で行うだけでも大変なわけですが、外国籍の方も多く、しかも日本語はもとより英語も全く解さない方も多数おられ、上記の作業は想像を絶する困難を伴います。どうしても必要な時にはクルーに通訳をお願いせざるを得ませんでした。
④船での日常生活のサポート
 3,700人が生活をするので、毎日の食事が必要です。しかも乗客は全員泉質隔離されているので、全ての部屋にデリバリーするに必要があります。国籍・宗教も様々で、食事には宗教的禁忌やアレルギーなどの配慮も必要です。ゴミの回収等の最低限のハウスキーピングも必要です。感染のリスクがある船内というストレス下でクルー達は働き続けざるを得なかったことを申し添えます。
 また人間が生活をする上で水はたくさん必要で、その分下水も発生します。当初は水のために数日に1回沖合の公海上まで離岸していましたが、後半は離岸が搬送の障壁となるため、行政の支援で接岸したままで上水の供給、下水の回収が行われるようになりました。

以上、個人的に経験・見聞した範囲の情報を記しました。どうすれば良かったかの正解はわかりません。正直にいう100点の正解はないと思います。日々の活動の中で状況や情報が変化する中でベターな方向に変化させていくのがより100点に近づける作業だと思います。もちろんこれまでの知見から事前計画を立てておくことも必要でしょう。ここでは様々な報道がある中でクルーズ船での新興感染症対応がいかに大変かを知っていただければと思っています。同時に、現在進行形で問題が発生している他のクルーズ船での対応に少しでも役に立てばと願っています。

                     

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