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クルーズ船での新興感染症対応の困難さ①

 以下の内容は、ダイヤモンドプリンセス号に関わる医療支援活動の中で個人的に経験・見聞したことを共有するために記します。いかにこの支援活動が困難なものであったかの一端でも伝わればと思い、一個人の経験ではありますが、生の声で伝えることに意味があると考え、発信します。なお、自分自身がその活動に携わっていないためこの文章では触れていませんが、検体採取の活動、DPATの活動、隔離されている各個人への薬剤の供給活動も様々な困難を伴ったことを申し添えます。文末に現時点で分かっている事実を付記します。

個人の活動概要
(1)ダイヤモンドプリンセス号の入り口において、2月14日から17日までの間、PCR陽性の方の搬送のサポートを行いました。ちょうど陽性確定症例が増えたピークの頃になります。予定搬送の方については、誰をどの搬送手段でどの病院に搬送するかは事前に調整されていて、そのマッチングを確実に行うサポートです。加えて症状が悪化した人の救急搬送についても調整しました。ミーティング等に参加するため、船内本部にはこの間毎日赴きました。
(2)2月18日以降は、藤田医科大学岡崎医療センター建物(未開院)において、多数の軽症・無症候者・同行者を受け入れるにあたり、その本部機能をサポートしました。この施設はまだ病院開設準備中であるため、基本的に医療処置が不要と考えられる軽症・無症候の方の短期間の受け入れという前提でした。

普段のクルーズ船
 現代のクルーズ船は巨大化しています。高級サービスに絞った小型・中型の船もありますが、地中海やカリブ海や近年はアジアでも巨大なクルーズ船が多数就航しています。ダイヤモンドプリンセス号は乗客定員2,706名、乗組員数1,100名になっており、一つの町の規模の人数が乗船しています。2004年就航で全長は290m、全幅は37.5mで、船体全体は15階建て、最上階は18階になります。最新鋭の船では乗客定員はその倍を超え、全長も360mを超えます。
 クルーズ船に乗船するためのチェックインは陸上で行います。陸上でチェックインして荷物を預け、体と身の回り品のみで乗船します。クルーズの期間にもよりますが、預け荷物には1〜2週間分の衣服とフォーマルナイトのための正装が入っています。乗船時にはセキュリティーチェックがあり、個人識別ができるように登録も必要になります。荷物はクルーが部屋まで持ってきてくれます。寄港地で観光に行くときには荷物は部屋の中に置きっぱなしで軽装のまま一時下船できます。短時間に多人数がクルーズ船から下船することになりますが、基本的にはクラスの高い部屋から順に下船になります(早く下船した方が観光時間が長く取れます)。クルーズが終わって最終的に下船する時は、前夜のうちに荷物にタグをつけて廊下に出しておきます。夜のうちにクルーが回収して先に荷物を船から降ろしてくれ、乗客は下船した後に陸上で荷物を受け取ります。
基本的には各部屋にトイレ・シャワーがついています。クラスの高い部屋は面積も広く外に出られるバルコニーがついており、基本的に上階です(景色もいい)。クラスが下がると面積も狭くなり低層階になります。さらにクラスが下がるとバルコニーが無くなって窓だけになり、一部の部屋では救命艇などで視界が遮られます。最も下のクラスになると内側で窓がない(窓の絵だけが書いてあったりする)部屋になります。クルーの部屋はさらに狭く、パーソナルスペースも限られます。
 ダイヤモンドプリンセス号の基本的なデッキプランはこちらをご参照ください https://www.princesscruises.jp/pdf/deckplan-diamonnd_inter.pdf
どの大型クルーズ船でも基本的には同じかと思いますが、部屋数をたくさん取るために廊下が狭い、レストラン、シアター、カジノ、Grand Plazaなど、狭いスペースに多数の人が集まる、という構造になっています(ダイヤモンドプリンセス号は日本を中心に就航しており大浴場があるのが特徴です)。食事はブッフェレストランが基本で、その他に着席レストラン、バーガースタンドなど自由に食事をとることができます。別料金で利用できる高級レストランや、上のクラスの部屋に滞在している人しか利用できないレストランなどもあります。なお、このデッキプランにはクルーの部屋が書かれておらず、空白の場所や3階以下に多数の部屋があります。
 長々と普段のクルーズ船のことを書きましたが、上記の内容を理解していただくと、新興感染症の発生、船上検疫と全数検査、PCR陽性者の隔離などの作業が、いかに困難な作業であったかをご理解いただけるのではないかと思います。

新興感染症とクルーズ船
 新興感染症は人類にとって未知の感染症であり、発生確認当初にはその伝播様式や感染力(基本再生産数)、重症化率や致死率、長期的予後など全くわかっていません。今回のCOVID-19にしても、当初はヒトーヒト感染はしないと言われていたのが、途中からヒトーヒト感染が明らかとなり、空気感染の可能性まで取りざたされるなど、混乱が生じました。発生初期には限られた情報に基づいた対策を取らざるを得ず、必然的に起きる混乱です。現実には相手がわからない以上、最大限リスクに配慮した対策から開始せざるを得ないと思いますが、得られた情報から新たに練られた対策との間にはギャップが生まれ得ます。ちょうど中国からの発信が増え、それに基づいて対応策が変化する時期と、ダイヤモンドプリンセス号の検疫の時期も重なっていたため、いろいろな場面でそのギャップはあったと思います。
ダイヤモンドプリンセス号には様々な集団が入っていました。元々船におられるメディカルスタッフ、厚生労働省を始めとする省庁、検疫、自衛隊、DMAT、日本赤十字社、DPAT、JMAT、国立病院機構などなど・・・・。基本的な感染対策は共有されているものの、各機関によって基準が異なることもあったり、医療資格を持っている人ばかりではなかったり、混乱が生じやすい状況であるにも関わらず、調整の上、それぞれに役割分担をして活動していたのではないかと思います。

検疫の方針
 1月20日に横浜港を出港。1月25日に香港で下船した乗客が1月30日に発熱。2月1日にCOVID-19陽性を確認。2月3日に予定より早く横浜に到着したが乗客乗員の下船を許可せず検疫を開始。全乗員乗客の健康診断が行われ、症状がある人およびその濃厚接触者の咽頭拭い液をPCR検査したところ、2月5日に31名中10名がSARS-CoV-2陽性であることが判明。同日から乗客全員の14日間の船室隔離を開始。乗員に対しては感染制御の国際的ガイダンスに基づき、船の機能維持、乗客の衣食住のサポートを継続。
 以後の方針としては、有症状者とその濃厚接触者→80歳以上の高齢者および基礎疾患を有する人→75歳上の人→70歳以上の人→全乗客→全乗員と、咽頭拭い液のPCR検査の対象は順次拡大され、最終的に乗客2,666人、乗員1,045人の合計3,711人全員がPCR検査を受けました。この時点でのPCR検査は検査自体に6時間程度を要し、検体採取、検体搬送、検体結果の間違いのない照合などにも時間を要します。さらに個人情報保護のために検体は氏名ではなく個別にふられた検体IDで管理され、検査の結果と個人との照合にも注意を要する状態でした。その作業を3,711人に行うわけです。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html
 PCR検査の結果に関しては、感度が高くなく偽陰性が存在することがわかっています。陽性の結果が出た方には速やかに陽性であった旨を伝えた上で、検疫法に基づいて下船・隔離が行われました。PCR検査の結果が陰性の方に関しては偽陰性が一定数見込まれることから、上記の隔離期間の最終日までは「検査結果未確定」とし、結果が陰性であった旨は隔離期間の最終日に伝えられました。自分自身は船内での診療活動はしていませんでしたので、実際の伝え方については詳細は把握していません。
隔離期間終了時には自分自身はすでに藤田医科大学岡崎医療センターに移動して、多数の軽症・無症候者受け入れのサポートに当たりましたので実際には作業にあたってはいませんが、乗客でPCR陰性の方は14日間の船室隔離で発症していなければ、隔離期間終了後に順次下船して帰宅されたようです。乗員の方は船の機能維持、乗客の衣食住のサポートという業務があり船室隔離が不可能でした。有症状でPCR陽性の方は下船・隔離となり、最終的にPCR陰性の乗員は、下船後に14日間の健康観察期間が設定され、滞在施設に移って経過観察されています。

*長くなりましたので、2回に分けます。

資料:
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09997.html
3,711名の乗客・乗員全員にPCR検査を施行し、696名(18.8%)が陽性、うち410名(58.9%)が無症状とされています(報道より、外国籍の方で帰国後に陽性となった方も数名いますが、いずれも検査時点で重篤な症状はなかったようです)。
3月8日現在で、人工呼吸管理または集中治療室に入院している症例が31名(陽性者中4.5%)、死亡者が7名(陽性者中1.0%)。
乗客の感染確認者のうち、症状発症のピークは2月7日で、その後2月13日までなだらかに続いています。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html
これらの方々は船室隔離開始前に感染していたことが予想されます。ただし無症候の方も多くおられ、下船前の確認のための検体採取件数が増えたこともあり、感染確定のピークは2月16日-18日になっています。これらの方々は無症候であるために感染成立の時期が特定できません。


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