見出し画像

ハンバーガーの自販機

子供の頃、自動販売機が好きだった。自転車で信号待ちをしている時や、何気ない時や、映画が始まるまでの待ち時間、母親の買い物の待ち時間の間に、自販機の色、大きさ、販売している物、取り出し口の劣化具合、缶ジュースの見本が並べられている列なんかを眺めては、自動販売機の見た目から発する情報を頭の中で分析して、自分なりの適当な「じどうはんばいきデータ」を頭の中で作っていた。残念ながらそのデータをノートにまとめる、という事はしていなかった。もし、していたら夏休みの宿題に役立っていたかもしれない。どういったデータ内容かというと、公園の近くのあの場所には赤い自販機があるから、コカ・コーラが売っている・・・、あの映画館にはお菓子の自販機があって、お菓子は100円で買える。お母さんに100円もらったらお菓子が買える。売店に並ばなくてもいい、という感じのあまりにも稚拙で、自分本位のデータではあったが。


小学生の夏休み、父の会社が休みの期間に、2泊3日の旅行に行くのが毎年の恒例行事になっていた。行先は三重県鳥羽市答志島(とうしじまと読む)という所で、近鉄特急で鳥羽まで向かい、そこから定期船で15分ぐらいで答志島に着く。特急電車は2時間ぐらい乗るので、やる事がなくなってくると退屈だったが、船は早いスピードで揺れながら島に向かうので、降り注ぐ日差しと、潮風が気持ちよかった。でもガソリンの臭いは時折気になった。

島に着くと、宿泊する旅館の迎えが来ている。向かいながら、旅館の人と親が話をしている。旅館の人は大阪弁とは違うイントネーションで、のんびりとした話口調で話す。その話声を聞いて「ああ、住んでる街とは違う場所なんだな」と、初めてそこで実感していた。

部屋に着いたらすぐに水着に着替えて、ビーチに向かう。両親はゆっくりしたいらしいが、子供は親の都合などお構いなしである。早く海に行こう!と急かしていた。

海でたらふく遊んで、旅館に水着のまま帰って、お風呂に入って、部屋でゆっくりとごちそうをたらふく食べて、ジュースも飲んで、デザートのフルーツまで食べてから、夜の散歩に出かける。夜釣りや花火をする。夜は暑くもないけど寒くもない。楽しくてしょうがないので、暑いとか寒いとか湿気が多いとかは全く気にならなかった。

夜の散策を楽しんで、さあそろそろ時間だし帰ろうか・・・となると、島で唯一の売店の前にある自動販売機で、何かを買って、旅館に帰るのがお約束になっていた。(今にして思えば持ち込み不可、だったのでは・・・と思うのだが)

売店は閉まっているので、夜は自動販売機での買い物が唯一になる。定番のジュースやお酒の自販機があるが、その中でも、煌々と輝く自動販売機があった。自分の住んでいる町では、全く見たことがない。それはハンバーガーの自動販売機だった。

初めて見た時は不思議だ、という事と、疑問符しか頭に浮かばなかった。なぜ自動販売機がハンバーガーを売っているの?と。あの自動販売機の中に、ハンバーガーを作るおじさんがいて、ボタンが押されたら、おじさんがわざわざ作っているのか・・・と考えた。私の頭の中の自販機データが、あれよあれよという間にアップデートされていく。

「これどうなってるん?食べたい、買って!!!」

と母に言った。母は100円玉を何枚か入れたように思う。ドキドキした。いらっしゃいませ~と、聞こえてきたらどうしようかと考えた。希望の味のボタンを押してもらう。するとどこからともなく「ゴワーーーン」というモーター音がした。「加熱中」と書いている部分が、赤く点滅している。漢字が読めないので「あたため中」なんだろうと、勝手に解釈して、赤く点滅している部分をじっと見ていた。何分ぐらい経っただろうか・・・ガコンっと音がして、下の取り出し口がランプで光った。ハンバーガーの出来上がりだ。ドキドキした。取り出そうとしたら「熱いで」と母が私に注意を促した。身構えながら取り出し口に手を入れる。取り出したそれは、熱をもった箱だった。熱い。ハンバーガーは紙に包まれているのが当たり前だと思っていたので、箱の中にハンバーガーが入っているのか?と、半信半疑だった。「さあ帰ろうか」と父に言われて、その温かい箱を持って旅館に帰る。

部屋に戻ると早速、温かい箱をあけた。ふわんとハンバーガーのいい匂いがした。少しだけぎゅうぎゅうに詰め込まれているようだが、紙に包まれているそれを出すと、紛れもないハンバーガーだった。ふわっとやわらかいパンにハンバーグが挟まれていた。パンはすこし皺になっている。はむっと口にいれる。美味しかった。今まで食べたことがあるハンバーガーとは、なんとなく味の種類が違うように感じたが、美味しかった。

それからは答志島に行く時の楽しみが一つ増えた。海で泳ぐことも楽しみだ。お刺身が食べれることも楽しみだ。あと、鳥羽駅近くに出来立ての赤福とお抹茶を頂ける所に寄るのも楽しみだ。それに加えて、ハンバーガーの自販機でハンバーガーを買って夜食に食べる、という事が楽しみになった。もっと何かあるだろう、と子供の頃の自分に突っ込みたくなるが、本当にそれが楽しみだったのだからしょうがない。紛うこと無き正真正銘の食いしん坊である。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?