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【自治領諸島の人々】食材の買い出しをする料理人の話

「これと、これと、――あとこれも同じ量をお願いします」

 こくりと頷いた店員さんが、僕の注文に合わせて食材を手際よく小袋に詰めていく。代金を払い、買った商品をまとめた紙袋を受け取って、店の奥にいる店主さん――店員さんとのやりとりを見るに、どうやら英語も現地語も話せない様だ――に頭を下げてから、僕は店を出た。

 自治領諸島は多民族都市だ。世界のありとあらゆるところから、あらゆるルーツを持った人々が集まっている。

 ここ観光地区には、ルーツを同じくする人たちが固まって暮らす小さな街があちこちにある。それらはそれぞれに、街の雰囲気も、聞こえてくる言葉も、そして扱っている食材の種類も異なっている。

 本来であれば現地に赴かなければ出会うことも出来ないたくさんの種類の食材が、高くない交通費をかけるだけで簡単に手に入る。料理人であり、料理を趣味ともしている僕にとっては、ここはあまりにも魅力的な場所だった。僕が移住してきた理由は他にあるが、あの時移住を選択して正解だったと心から思っている。

 紙袋から買った商品がこぼれない様に気をつけながら、呼び止めた三輪自動車に乗り込み、行き先を告げる。早く家に帰って調理に取りかかろう。写真もたくさん撮って、SNSに上げよう。心が躍るのを感じながら、僕は紙袋を両腕で抱えた。

(改訂:2024/02/25)

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