【自治領諸島の人々】聖地巡礼に付き合う運転手の話

 「ヴィレッジ」の中央駅で、予約客二人を後部座席に乗せる。見晴らしの素晴らしさで人気が高い段丘崖周辺を背にして車を走らせ、閑静な住宅街に入った。

 住むには基準以上の稼ぎか資産が必要な「ヴィレッジ」の中でも、超がつくほどの富裕層でなければ住めないエリア。そのさらに奥地に、客の目的地はあった。

 グレゴリー・バークレー。生涯を通じて、たくさんの名作を世に送り出した世界的な文豪だ。映像化された作品も多くあり、一般層にもその名が知られている。

 しかしその人生には、親族との金銭トラブルが常に纏わりついていた。彼がこの島に移住したのも、親族の魔の手から逃れるためだったという。

 今向かっているのは、彼が移住の際に建て、亡くなるまでを過ごした邸宅だ。財産を注ぎ込み、贅を尽くしたその建物は、まるで歴史小説から飛び出してきたかのような絢爛豪華な造りになっている。

 しかし彼の死後、少しでも金を回収したい親族が法外な価格で売りに出したため、なかなか買い手が現れなかったらしい。死してなお、彼は親族から逃れられなかったのだ。

 邸宅が見えてきた。後部座席から微かな歓声が聞こえる。長らく野晒しとなっていた邸宅は、現在の家主による修繕を経て、絢爛豪華さを取り戻していた。

 敷地の前を、スピードを落として通り過ぎる。車から降りることはおろか、停車もしてはならない。この辺りは、超がつく富裕層の住むエリアなだけあって、警備が厳重だからだ。

 やがて邸宅は小さくなり、視界から消えた。後部座席で始まったバークレーの著書談義を聞き流しながら、「ヴィレッジ」の中央駅に向かうべくハンドルを切った。

(執筆:2024/03/23)

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