4-07 「龍ちゃん」

7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は蒜山目賀田「Dragons」でした。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】

4-06 「Dragons」 蒜山目賀田

4-05 「竜の鳴き声」Ren Homma

__________________________________

1)
 龍ちゃんは剃刀で刈り上げた金髪が立派な次男坊、地区で2番目にタフな保育園児だった。1番はもちろん奴の兄貴だ。5歳児の僕は、この兄弟に懐かれ、舐められ、時にマウントを取られ殴打され、毛虫を食わされ愛された。園の片隅にはりんごの木があって、小さな実を囓れば苦い酸味が鼻腔に広がる。大人の監視の目から一番遠い暗がり、りんご木の裏手が僕たちの縄張りになっていた。どんな会話をしていたのか、もうほとんど覚えてはいない。額を撫でる初夏の風や、龍ちゃんの足がひどく臭ったこと、手慰みに殺した黒蟻の匂いなど、そうした記憶が鼻をくすぐりはするのだけど。僕は鉄道図鑑ばかり眺める内気な人間に育っていたが、なぜかいつも龍ちゃんと一緒にいた。決して対等な付き合いではなかったが、文弱特有のずる賢さみたいなものでガキ大将に取り入っていたわけでもない。確かなのは、龍ちゃんが僕を木陰に呼び込んだことだ。僕はそれに応じた。愛と憎しみ、嫉妬と好奇心、それらが未分化な状態で僕らは互いの生を静かに嗅ぎ合っていた。

2)
 同居人が女を連れ込んだので、真夜中に相鉄の駅前で佇んでいた。寒い冬の夜だった。汚れた作業着姿の若者が2人、俺に声をかけてきた。深夜残業で内装を仕上げたもんで、これから西口で飲み歩くべ。キャバクラに連れて行ってやるからお前も来いって。彼らがなぜ、ギターを背負った貧乏学生に声をかけようと思ったのか、その理由は分からない。片割れは龍と名乗る刈り上げた金髪の男だった。彼らは横柄にタクシーを止め、俺を呼び込んだ。俺はそれに応じた。
 横浜駅でタクシーの後部座席から降りた瞬間に、急に恐怖がこみ上げてきた。夜遊びなんてしたことがなかったし、この得体の知れない男どもが何をするか分かったものではない。俺は裏路地でタコ殴りにされる場面を想像し、怯懦から嘔吐した。路上に胃袋の中身を全てぶちまけた。ぶちまけたと同時に、文弱特有のずる賢い詭弁も頭に浮かんだ。昨日飲み過ぎたせいか急に具合が悪くなったんです、ええもう僕一人で大丈夫、皆さんで楽しくやって下さい。こう言えば逃がしてもらえるだろうか。いや、逃がしてくれ。
 怯えながらえずく俺の背中をさすって、龍が言った。なんでお前一人でいようとすんの真夜中に、仲間じゃんね俺たちは。謂いは不器用だったけれども、作業着の青年は滔々と俺に語り出していた。俺たちは愛と憎しみ、嫉妬と好奇心、それらが未分化なまま育った不良な果実だ。大人になっても大抵の人間には好かれないし、理解もされない。同じ学校に行っても、同じ仕事に就いても、俺たちはあいつらのように上手くいかない。だから俺たちは、大人の監視の目から一番遠い暗がりで、互いの孤独を嗅ぎつけて惹かれあう。お前が相乗りしたのは、気の迷いなんかじゃない。飲みに行くべ。

3)
 昨秋、ふと座裏の店を訪ねた。店主は劉備元徳の末裔を名乗り、しみったれた店内で関東煮ばかりを売っている。横には虚言癖で有名なスナックのママがいて、郷ひろみの親類を自称していた。この二店では相互に注文を取れるよう取手窓がついているのだが、注文がなくとも彼女はしょっちゅう顔を覗かせた。生来の寂しがり屋なのだ。向かいにはドラァグクイーンのアイちゃんの店もあった。卑猥な張型が並ぶカウンターで俺はサザンオールスターズを歌い、酔った勢いでシャンデリアを割ってしまったことがある。それからアイちゃんの店には入れてもらえていない。
 そんな座裏のある店で飲んでいたら、刈り上げた金髪に角縁のメガネをした男がいそいそと入ってきた。いやにむっつりと黙り込んでいるので話を聞いてみると、日本語が分からないから注文ができないと言う。代わりにビールを頼んでやった。彼はメルボルン在住の香港人でエンジニアとして来日していた。家族は離散していて、恋しいはずの香港にも帰る場所がないらしい。身の上話を聞きつけた店主が景気の良い四川語で話し出した。中国語はさっぱり分からない。俺は二人の間に英語で割って入り、終いには浪速の専門学生の女達までが大阪弁で乗っかってきた。なんて。なんて言ってん。お兄さん通訳してや。店内は三カ国語でわやくちゃになり、誰かが代わる代わる通訳を引き受けるから香港人の話は伝言ゲームのように混線した。愉快な夜だった。
 ビールを何杯か小気味よく飲んだ後、彼は俺に語った。名乗っていなかったけれども、僕は龍と言います。こんな遠い異国の夜の路地の奥で、気付いたらあなたの隣に座って、こんなにたくさんの人とおしゃべりした。今の僕には故郷らしいものがないので、こういう点のような邂逅でも嬉しいんです。孤独な人は惹かれあうんでしょうかね。人走茶涼。お店を出たら、また気持ちは離れてしまうものですけど。僕たちまた会ったりしましょうね。


__________________________________

次週は5/23(日)更新予定。お楽しみに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?