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10/19 自祝

 24歳になった。今年の誕生日は、自分で自分を甘やかす日にした。
 前日寝る前から、明日は最近一目惚れした喫茶店に行くと決めていた。それが決まってしまえば、朝からちょっと頑張れる。本を読み、大学に行き、1:60の木組模型の木拾いをしたヒノキ角材の本数をスプレッドシートに入力する。部分的に着色して見やすくし、関数を打ち込んで数値を整理した。

 午後からは講義だった。都市空間デザイン学の講義では『エコロジカル デモクラシー』を輪読している。グループで分担した複数の章の内容についてプレゼンテーションを行い、本の内容の理解を深める。事例をリサーチし、深堀りした上で複数人で一つのプレゼンにまとめるというのはかなり難しいと思う。僕は正直苦手だ。

 講義が終わり、すぐに車に乗り、喫茶店に向かった。閉店時間が少し早まったので、少しでも長くいたいがために道を急ぐ。
 その喫茶店は大学から車で30分ほどかかる。着く頃にはすでに陽が沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。前回きた時も夜だったので次は明るいうちに来ようと思っていたのだが、この喫茶店は寧ろ夜に来るべき場所だと知っている。

 白い扉を開けると、仄暗い店内のカウンターから店員が出てくる。好きなお席にお座りくださいとのことだったので、前回のベッドソファ席ではなく、窓際のテーブル席に座る。1人先客がいたが、隣の部屋(と言っても扉や壁で仕切られているわけではない)のテーブル席で灯りに近づき本を読んでいた。

 「ハマスホイの絵画は暗い室内が描かれるが、誰も自分の中に踏み込んでこない静謐さがこの喫茶店にもある」

 とにかく仄暗い店内と、かすかに照らす”燈”と蝋燭の火が、訪れる者を1人にしてくれる。自分で自分を祝うために来たのはそのような所以がある。
 木製のボードに金具で止められたメニューをゆっくり持ち上げて、背後の灯りにそっと照らして目を凝らす。3つのデザートといくつかの飲み物が書かれている。ヌガーグラッセとブレンド珈琲を注文した。
 店員もまた素敵な雰囲気を持っている。シンプルに左右に分けられた前髪とくりっとした丸い目。暗いので分かりづらいがきっと少し明るい栗色の瞳をしていると思う。話し方や歩き方から少し緊張が感じられ、節目になった時に長いまつ毛にかすかにマスカラの玉がついているのを見て、愛らしさがあるなと思った。胸元に黒い結び目がある、後ろの腰あたりで結ばれた白いエプロンが暗い室内の中で映えていた。

 少しして、ヌガーグラッセとブレンド珈琲が運ばれてきた。少し底の深い、白い楕円形の皿の中心に、等角台形のヌガーグラッセがある。まるで大地を見ているようだった。チョコレート地に現れたアーモンドの断面が、まるで大地に露出した白い岩肌のように見える。チョコレート地には、水の流れがあったかのような表面の光沢と陰影が見える。カットした時のナイフとの間の摩擦によって生まれる曲線だろうか。
 一口食べるととろける食感の中に、カリッと弾けるものがあり、最後まで何か分からなかった。グラノーラのような風味だった。ナッツの香ばしさもある。ブレンド珈琲のコクの深い苦味がとてもよく合った。

 仄暗いところにいてスケッチをしていると、モノの陰翳がより際立つのを感じる。質感と色彩がなりを潜め、印象だけでモノが見える。スケッチがより抽象化される。自分でも紙に何が描かれているのかはっきりとは分からないまま、手を動かした。詳細が分からない分、全体を捉えることができると感じた。空間内でも、音で気配を読み取り、相手の所作を想像する。
 光の反射率によって、目に届く色彩情報がわずかながら変化しているのだろうか。例えば自分の手の肌の部分は、光を反射せず燻んで見える一方で、爪は仄かな灯りが表面に映るのと同時に、爪の下の肉の色が少し鮮やかに見えたりした。

 静かで光が制限された場所、あるいは1人になれる場所というのはやはり思考が捗る感じがある。自問自答とまではいかないけれど、するすると考えることができ、それがちゃんと紙の上に書き出されるのは嬉しいと思った。
 またそういう場所では、スマートフォンなどの画面を見ず、スケッチや本などのアナログなものに向かおうという気分になる。明るく、視聴覚情報が多い環境では求める(あるいは逃げようとする)先により多くの情報が集積されたデジタルなデバイスを求めてしまうのかもしれない。

 喫茶店を出て、最後の目的地に向かう。今日はとことん自分を甘やかそうと決めていたので、しばらく訪れていなかったシーシャカフェで夕食、お酒、シーシャのフルコースを楽しむことにした。
 来てみると、火曜日の夜なのに賑やかだった。店長に今日のメニューについて伝えると、夕食として準備していた鍋の具が終わってしまったので、冷蔵庫にあるもので作ってくれることになった。鶏肉、タマネギ、ナス、トマトの上にチーズをかけた洋風鍋だ。思ったよりもあっさりした味付けで食べやすかった。締めにご飯を加えてリゾットにしてもらった。今日はジントニックに、シーシャもバナナミルクフレーバーと甘めにしてもらい、ぷかぷか吸いながら、居合わせたお客さんと話した。2人で来ていた女子大生のうちの1人が同じバイト先だったので、シフトがほとんど被らないので初めて会いましたね、他にもそういう人はたくさんいるよねなどと話した。バイト先の厨房で働いている人がシーシャカフェの店長と一緒にバンドを組んでいたらしく、youtubeチャンネルもあることを知ってかなり驚いた。

 隣に座っていた人は、家のスタンドライトの電球が明るすぎるために寝れなかったり、壁に飾ろうと思っている絵をどんなものにするか、どんな配置にするかずっと悩んでいてかわいい悩みを持っているなと思った。電球の規格や輝度、絵の配置についても少し相談に乗るなどし、色々話して僕も壁に飾る絵を描くことになった。絵の値段を決めることがなかなかできずにいる。


 最近自分の容姿を褒められることが増えてきたように感じるという話をした。よく言われるようになったのは、自分が他者に対して少しオープンになってきて、雰囲気が柔らかくなったことで、話しかけやすくなったんじゃないかと思った。

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