髄の年輪のモノローグ 第16回 KAN『愛は勝つ』

 私が幼少時に蓄えた記憶のフォーマットはほとんどがJPEGで、消えかける度に複製して保存するという行為の繰り返しで劣化しているし、間に合わなくて消えてしまったものもたくさんあるし、そもそもそれらが本当に自分で見聞きしたものなのかどうかもよくわからない。後から写真を見せられたりして得たものかもしれないし、もしかしたら想像がそのままこびりついてしまったものなのかもしれない。
 ただし、ひとつだけ、動画として残っているものがある。古いので解像度は低いけれど、しっかり記録されている。

 幼稚園児の頃のことだったと思う。
 ある日、夕方から母の車で出かけることになり、いつものように私が助手席に座り、母がハンドルを握った。
 私は目的地を把握していなかった。最初のうちは見慣れた近所の道を走っていたけれど、だんだん見知らぬ景色しか流れてこなくなった。山の中のくねくねした道を登り続けてしばらく経ってからようやく「どこに行くの?」と聞いてみたところ、「いいところ」と返答があった。今思えば、かなりスリリングなやり取りだ。
 いつの間にか登りきっていたらしく、今度は延々降りていく。くねくね道がだんだん真っ直ぐになり、幅も広くなり、他の車も増えてきて、気づけばすっかり街の中だった。
 目的地に近づいてきたらしく、ようやく母から目的地の説明があった。さっき越えた山は県境で、今は埼玉県内にいるらしい。「おじいちゃんの会社の近くだよ」と言っていたので、おそらく飯能市か入間市だろう。もしくは所沢市。
 「今日は映画を見るよ」
 着いたのは、ドライブインシアターだった。

 広くて平べったい野外の地面に、車がたくさん、みんな同じ向きで止まっている。前のほうにはものすごく大きな白くて四角い布のようなもの。とっくに日は暮れていて、空は真っ暗。そこで、母とふたりで……いや、他の車の人たちと一緒に、『ネバーエンディング・ストーリー』を観た。内容は……面白かったけれど、幼稚園児にはちょっと早すぎたかもしれない。ファルコンが大きくてもふもふだった。(そして、大きくなってからミヒャエル・エンデの原作を読んで「こっちの終わりかたのほうがいいのに」と思ったりもした)

 当時の自宅から車で行ける範囲ではあったものの、行きも帰りも1時間以上かかった。それも道のりのほとんどが山の中。景色を見てもあまり面白くなかった。帰路はなおさら。幼稚園児には厳しい。大人でもちょっと厳しい。なので、カーオーディオから流れてくる音楽に神経を向けるのが最適解だったし、実際にそうした。
 往復2時間以上、ずっと『愛は勝つ』が流れていた。1曲だけが、ずっとリピートで。
 母も音楽は好きだ。でも、あまり詳しくはない。流行りの音楽の中で特に耳に残った曲(が入ったCD)を買いしばらくそれを聴く、というスタイル。で、当時のそれが『愛は勝つ』だった。今思うに、ちょうどシングルカットされて少し経った頃だったので、まさにTVでガンガンかかっていたのだろう。あの車のカーオーディオはカセットテープにしか対応していなかったので、カセットに1曲を繰り返しダビングしたものを繰り返し流していた。
 幼稚園児にも、良い曲だということはわかった。何周かしているうちに歌えるようにもなった。「途中で違う曲みたいになるのは何故だろう?」とか(転調)、「ここなんて言ってるんだろう?」とか(Aメロの頭の英語のところ)、人生経験不足が故の疑問もあったけれど、サビのわかりやすい豪速球ストレートなメロと歌詞は、幼稚園児にもきちんと届いていた。

 これが、私が脳内で動画としてキープしている最古の記憶。
 学生になってからも、社会人になってからも、そして今も時々『愛は勝つ』を聴いている。あの頃よりも、色々なことがよくわかる。そして、聴く度に、記憶の動画が再生される。切っても切り離せない思い出の曲であり、現在進行形の大名曲でもある。RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZOで生で聴けた時は本当に嬉しかった。
 大人になった今だからこそよくわかる。全てに於いて、愛が大切だと。愛=恋愛というわけではない。この世には違うベクトルの愛もたくさんあるし、たくさん必要だ。母があの日ドライブインシアターに連れていってくれたのも、愛なのかもしれない。
 サビの後半の歌詞は、広範囲の「愛」全てを指し、全てを肯定しているようにも聞こえる。やっぱり、最終的に、絶対に、愛は勝つのだ。愛は。


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掲載日:2020年6月7日
発売日:1990年9月1日
(29年9ヶ月6日前)
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※シングル単位での配信はありませんでした。以下は単曲の配信のURLです。
Spotify : https://open.spotify.com/track/3l56uY2T2AtVyxbwi2l9Bc?si=6jGyr1ZvQKedxt5AWsbHIg
Apple Music : https://music.apple.com/jp/album/%E6%84%9B%E3%81%AF%E5%8B%9D%E3%81%A4/1443308031?i=1443308178

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髄の年輪のモノローグ 目次:
https://note.mu/qeeree/n/n0d0ad25d0ab4
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