【試し読み用】六月十一日、昼
もうすぐ正午を迎えようかという頃。馴染みの役所の職員が、ポスターとチラシを抱え訪ねてきた。
「講演会、ですか」
「そうそう。来週末に市民会館でやるんだけどさ、ちょっと宣伝しといてくれないかな」
「わかりました。お預かりしますね」
「すんませんねぇ。適当にやっといてくれれば大丈夫だから」
「そこの掲示板に貼っておきますよ。丁度あいてますし」
「おおっ、そんな目立つところ借りちゃっていいの? 助かるぅ」
「いえいえ、最近はイベント事も少ないですから。でも、珍しいですね、市が主催する講演会なんて」
「んー、なんかね、俺もよくわかんないんだけど、みんなが張り切っちゃってさ。『閉塞しつつある経済を活性化するには外からの風が必要だ!』とかなんとか言って。でもそのわりに動員が厳しそうらしくて、今更宣伝しに回ってるんだけどね」
「へえ……」
「まあ、俺にはどうでもいいんだけど。それじゃ、後はよろしく!」
「はい。わざわざお疲れ様です」
次の目的地に向かう背中を見送ると、まずチラシを専用の棚に置き、正面入口のすぐ横にポスターを貼り、そのまま三歩下がり曲がっていないかを確認する。
「なぁに? それ」
左横からゾーイがひょっこり現れたので、ポスターに書いてある文言をそのまま読み上げた。
「『メイドール・クレジット・ユニオン代表、ジュリアス・コーネリアス・マーカス氏、来たる!』」
「誰?」
「さあ……。市が主催の講演会だってさ」
「へ~。あたし全然わかんな~い」
「俺も全然だわ……」
そう答えると、ゾーイはふわふわとカウンターに戻っていった。
文字通りに捉えるならば、このマーカスという人は隣の市の金融協同組合の代表者なのだろう。独立志向が強く閉鎖的なアベント市の行政が、わざわざメイドール市の金融界の大物を招聘するというのは、異例中の異例に思える。サイモンとゾーイだけが特別に疎いというわけではなく、おそらく大半の市民は自分達の地元のことしか見えていない。隣町で何があろうと、隣の国で何が起きていようと知った事ではない。この街の独特な経済体系は、そういった考え方によって生み出され確立されたのだろう。役所の人間は「閉塞しつつある」という言い方をしているようだが、実感としては滞っているようには感じられない。そこに敢えて外の血を入れようとしているのだろうか。それとも、メイドール市と合併でもするつもりなのだろうか。したところで、保つはずがないのだが。
――しっかし、この写真、なんか胡散臭いんだよなぁ……
恰幅の良い中年男性の肖像が大写しになっている。これがその人なのだろうか。確かに金は持っていそうだが、ビジネスの相手にするには心許ないような気がしてならない。
――あんまり関わりたくねぇな……まぁ、俺が何かするってわけじゃねぇだろうけど……
心の中でそうぼやくと、サイモンは書架の整理に戻った。
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