髄の年輪のモノローグ 第12回 EXTRUDERS『neuter』

 18歳の春に音楽ライターになり、ほぼ同時にライブハウスに通いはじめた。音楽の勉強のつもりでも、ライターとしての使命感でもなく、「もっとたくさんの音楽に触れたい/観たい/聴きたい」という純粋な欲求からきた、ある意味かなり本能的な行動だった。それが未だに(頻度こそ下がったものの)続いているのだから、恐ろしい。
 都内を中心に、時々他の県にも侵入し、色々な街の色々なライブハウスに足を踏み入れた。1,000人以上入るところから、30人くらいでいっぱいのところまで。現存しないお店も多々ある。土地ごとなくなったり、ビルごと取り壊されたり、移転したり、名前と運営が変わったり。思い出や思い入れがある場所もたくさんあるけれど、如何せんたくさんありすぎるので、今回は割愛しておく。

 新宿の東のはずれに「JAM」というライブハウスがあった。1980年にオープンしたという老舗で、巣立っていった人気バンドは数知れないという。しかし、私は新宿JAMには一度しか行ったことがない。もちろん意図的に避けていたわけではないので、単に縁がなかったというだけなのだろう。
 具体的な日時も、何を目当てに行ったのかも、よく覚えていない。けれど、新宿JAMで、とあるバンドに出会ったということだけは、はっきりと覚えている。

 2006年のことだったと思う。全部で4組くらい出演するイベントで、彼らは2番目か3番目あたりに出てきた(つまりトップでもトリでもなかった)記憶がある。ベース兼ボーカルとギターとドラムの3ピースで、シュッとした感じの若い男子が3人、自然体なのに、ソリッド……という言葉ではとても足りないくらいの鋭利さを纏って立っていた。氷に直接触れているような、冷たさ故の痛みのある佇まいだった。その姿だけでも、只者ではなさそうだということはよくわかった。
 彼らは黙々と、粛々と演奏した。MCどころか、挨拶すらない。凍てつく空気を身につけたまま、ニューウェーブ味の強い英詞のショートチューンを、ひたすら鳴らし続ける。ベース&ボーカル担当のメンバーはほぼ微動だにせず、甘めの声で独り言を呟くように歌っていた。何らかの厳かな儀式のようでさえあった。
 当時、巷では明るく楽しく激しくエモーショナルなギターロックバンドやパンクバンドが人気を集めていた。しかし、彼らのベクトルは全てその真逆を向いていた。そこに、バンドとしての確固たる“自我”を感じた。

 彼らの演奏は終わった。私は困惑した。どうしたらいいのかわからなかった。なにせ、バンド名すら知らないのだ。彼らはついに最後まで名乗らなかったし、私はひとりだったので見ず知らずの誰かに聞くわけにもいかなかった。
 その日の出演者一覧から、他の(ライブ中に自分で名乗った)バンド名を消していくと、「EXTRUDERS」という名前が残った。シンプルで、工業製品のような雰囲気もあり、ちょっと皮肉っぽさも感じられて、彼らに間違いないと確信した。
 フロアの片隅の物販コーナーに彼らのCD-Rがあった。買いたい。でも気が引ける。なにせ、あの佇まいを目に焼き付けた直後だ。絶対に只者ではない。怖い人かもしれない。どうしよう。でもここで買って帰らないと後悔する!……という己と己の押し問答を制し、勇気を出して物販席にいた方に声をかけ、どうにかCD-Rを売ってもらった。たくさん種類があったけれど、ジャケットの色違い・柄違いを並べただけであり、全て中身は同じだという。ので、少々悩んだ末、いちばん好みのそれを持ち帰った。

 その後、彼ら……EXTRUDERSはとあるレーベルからCDを出した。あの時のライブの雰囲気をそのまま詰めて、5曲で10分。ミニアルバムなのかマキシシングルなのかのジャッジが難しいところだが、ミニアルバムが正解らしい。『neuter』=中性というタイトルも、なんとも“らしい”。
 さらにその後、宅録とサンプリングを駆使し、それまでのイメージを自ら壊しにかかったアルバム『hustle and bustle』がリリースされたものの、それ以降は彼らの名前を聞かなくなってしまったので、解散したのだと思っていた。しかし、実は名前と音楽性を変えて活動を続けており、2011年のあの災害をきっかけにEXTRUDERSに戻ったのだと知ったのは、しばらく後になってからだった。

 2020年現在のEXTRUDERSのパブリックイメージといえば、骨格だけを残し中身を限界までシンプルにした、しかし夢見心地すら感じる音像や、あのウィスパーボイスあたりが浮かんでくると思う。上述の私の目撃談や『neuter』の音を踏まえると、かなり変化したような印象を受けるかもしれない。しかし、彼らの芯の部分は何一つ変わっていない。冷たくて、虜になってしまう佇まいで、ニュートラルなのにスタイリッシュで、ちょっと皮肉で、かなり天邪鬼で、甘くて遅効性の毒がある。今も同じだ。『neuter』の頃はウィスパーボイスではなかったけれど、かといって地声でもなかったので、そこもある意味変わっていない。
 変わったのは、彼らに対する私の認識くらいだろう。「怖そうな人たち」ではなくなった。実際のところどうなのかは、ライブハウスで直接確認してみてほしい。

 2016年の末から2019年の初秋まで、彼らは表向きの活動を一切せず、潜って沈黙していた。予告も事後報告もなかったあたりがいかにも彼ららしいけれど、私は後悔した。潜る前の彼らはしょっちゅうライブをやっていたので、「今回はダメでもまたの機会に観られるだろう」と思い優先順位を下げていたからだ。観たいライブはたくさんあれど、身体はひとつしかないのだから、どうにかやりくりしなければならず、そうなるとどうしても順序をつけなければならない。沈黙する前の最後のライブはたまたま何も知らずに観ていて、それがとても良かったので、なおさら悔しくなった。
 けれど、彼らはちゃんと帰ってきた。東京での再浮上ライブを観に行ったら、異常なほどにパワーアップしていた。ずっと潜っていたはずなのに。驚いたし、とても嬉しくなった。
 このところ、私が彼らのライブをなるべく観に行くようにしているのは、そういうことだ。こんなに良いバンドのこんなに良いライブ、観なければもったいないし、もう後悔したくないし、今の彼らを楽しみたい。
 何年経っても芯が一切ブレず、いつでも/どこでも/誰とでも戦える稀有なバンド。続けてくれてありがとう。帰ってきてくれてありがとう。これからも、その甘く冷たい毒に溺れたい。


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掲載日:2020年2月2日
発売日:2007年1月17日
(13年0ヶ月16日前)
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髄の年輪のモノローグ 目次:
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