髄の年輪のモノローグ 第17回 the band apart『K. AND HIS BIKE』

 東京は西多摩に生まれ育ち西多摩に暮らす私にも、違う土地に住んでいた経験はある。当時の親の転勤の都合で、生まれてすぐに横須賀に、その次は室蘭に、そして西多摩ではない都下エリアに。まだ幼稚園にすら入っていない年齢だったので、そのあたりまでのことは覚えていない。で、幼稚園からは西多摩で、その後もしばらく西多摩で、西多摩の中で引っ越したことはあれど、ずっと西多摩だった。
 そして、大学生になり、一人暮らしをはじめた。埼玉で。西多摩から気合いで通おうと思えば通えなくはなかった。けれど、東京の西の端から埼玉の東の端まで、ほぼ毎日1限に間に合うように向かうのはあまりにも大変すぎた(しかもメインの路線が武蔵野線)ので、1限の必修科目がほぼ消滅するまでの期間限定で、大学の近くの学生用物件に住んでいた。
 それにより、衣食住の拠点が立川から越谷〜北千住エリアに一時的に変更になった。

 一人暮らし生活を続けてしばらく経った頃、越谷の駅ビルのCD屋さんを覗いてみたら、J-ROCKだったかJ-PUNKだったかJ-INDIESだったか、そんな感じの棚にthe band apartというバンドのアルバムが置いてあった。通称「バンアパ」。名前は知っていた。おそらく高校時代に立川の新星堂でシングルCDを目にしていたのだと思う。もしくはSELDOM(フリーペーパー)に載っていたのかもしれない。
 それまでに出ていた音源はシングル(と、幾つかのコンピレーションアルバム)のみだったと認識している。とてもかっこいいバンドらしいという噂も把握していた。で、ついにアルバムが出たという。ならば、聴かざるを得ない。試聴機に入っていたので、すぐに再生ボタンを押してみた。
 かっこいい。これはかっこいい。当時東京のライブハウス界隈で流行りはじめていたマスロックのような感じもあり、歌にはソウルのような趣もあり、演奏は大変テクニカルで、パンキッシュで、お洒落で、遊びもある。これは良いものだ。1曲目(『FUEL』)を聴き終える前にそう確信し、そのままレジに持っていった。
 試聴機で一目惚れならぬ一聴き惚れしたということは、第一印象からして最高だったということになるけれど、何周もしているうちに「これはスルメ系では?」と思い至った。何度も聴いているとじわじわ良さがわかってくるという意味での、スルメ系。一聴き惚れとスルメ系は両立できる、というのは個人的には新たな発見だった。そして、今でもよく聴いている。

 このアルバムのレコ発ライブ(ツアーファイナルだったような……)があると聞いて、新宿リキッドルームに行った。たしか、その年の12月のことだったと思う。リキッドルームは翌年頭での閉店(そして恵比寿への移転)が決まっていたので、このレコ発は個人的な新宿リキッドルームの最後の思い出のうちのひとつとなった。(ちなみにもうひとつはZAZEN BOYS)
 はじめて目にしたバンアパは、佇まいからして最高だった。4人組バンドでギター兼ボーカル・ギター・ベース・ドラムという編成なら、ドラムが後方に、ギター兼ボーカルが前方中央に、ギターとベースがその両サイドに立つのが一般的なのではないかと思うが、バンアパの場合は前方中央にギタリスト(川崎さん)が立ち、客に背を向け、髪を振り乱しながらアグレッシブ且つ緻密に演奏していた。その右側でギター兼ボーカルの荒井さんが高らかに歌い、左側にはベースの原さん、後方にドラムの木暮さん。好きにならないはずがなかった。原さんの愉快なMCも含め。
 その後、アコースティック編成のthe band apart(naked)を観た時にも、その印象は変わらなかった。楽しそうで、演奏が上手くて、とても素敵なバンド。

 大学入学と音楽ライターデビューとライブハウス通い開始がほぼ同時だったので、このアルバムをはじめて聴いた時には既に音楽業界に片足を突っ込んでいた状態だったはずなのに、このアルバムに付随する、もしくはこのアルバムから想起される思い出は何故か全て日常生活のそれであり、大学のことも音楽ライター業のこともライブハウス界隈のことも紐付いていない。そのくらい、頭と心の奥深くまで染み込んでいるアルバムなのだと思う。数少ない10代ラストの日常の記憶が蘇る、そして今でも共に日々を生き続けている、そんな1枚。


--------------------------------------------------
掲載日:2020年7月5日
発売日:2003年9月24日
(16年9ヶ月11日前)
--------------------------------------------------

サブスクリプションサービスには置いていないようですが、iTunes Storeで購入できるようです。
https://music.apple.com/jp/album/k-and-his-bike/648811808

--------------------------------------------------
髄の年輪のモノローグ 目次:
https://note.mu/qeeree/n/n0d0ad25d0ab4

サポートして頂いたお金は、公式サイトのサーバ代や作品の印刷費やその他諸々の経費等にありがたく使わせて頂きます。あと、たまにちょっと良いお茶菓子を買ったりするかもしれません。