0730「スマホ時代の病」

昨日は、ニューヨークから来客があったので、一緒にめしを食ったりしつつ、数週間ぶりに英語をしゃべりまくった。当たり前だが、日本にいるとまあまあ英語をしゃべるチャンスがない。しゃべることも聞くことも基本的にはあまり問題なく、ストレスなくしゃべり続けることができたが、自分の感覚だと、ちょっと発音が劣化してしまっている気がした。たとえば、”wood”という単語を発音するときって、結構意識して唇をとんがらせて「ゥゥゥーーッ」みたいな感じで「ゥ」の音を奥から前に投げつけるような感じで言わないといけないのだが、ちょこちょこそういうのをやり忘れている自分に気づく。ともあれ、この会では非常に重要なインプットがあって、ここ数ヶ月考えていたちょっと先の仕事設計に結構な影響を及ぼす情報を得て、それからというもの、ずーっとそのことを考えている。

その後、ずっと飲もう飲もうと話していた方々と酒を飲みに行く。酒ばっかり飲んでいる。酒を飲みつつ、上記で得た情報を咀嚼して、話を聞きつつ補強したり修正したりする。2時過ぎくらいに酒を飲み終わっても、ずっと脳内でそればっかりを考えていた。

数十分、考え事に集中するだけで、結構いろんなものがクリアになっていく感じがした。そこで「あっ!」と思った。

最近、考え事をしていないことに気づいたのだ。これはよくある言説だが、考え事をしている間もなくスマートフォンなりを触ってしまうので、かえって情報を入力し続けてしまう。情報を入力して、脳内で煮込むということを最近していない。脳内には、外部からかき集められた情報がぐちゃぐちゃに転がっていて、それらは特に料理もされず、情報のままで脳に置かれている。

しかし、情報というのは、料理して吸収しないと自分の力にはならない。しかし、私は情報を取り込むだけ取り込んで、編集をせずに放置して、さらに情報を取り込み続けていた感がある。

例えば、「自分たちがやっている仕事が今後どうなるのか」ということを考えるのは、経営なんかをやっている場合とても重要だ。しかし、「自分たちがやっている仕事が今後どうなるのか」に関連する情報は摂取していても、それを頭の中でちゃんと編集していないので、自分の理解と方針をつくれていないのだ。

スマホがない環境、たとえばサウナ室で温まっているときなどにそういう考え事をすればよいのだろうが、サウナ室というのは、思考が飛んでしまう場所だ。簡単に言うと、「暑い」ということ以外考えることができなくなる場所なので、ロクな考え事ができない。

しかし、なにはともあれこれは問題だ。思えば、数年間ちゃんと考え事をしていない気がする。つまり、情報を断続的に貪り食うだけで、何も吸収できていない人になっている気がする。そして、これは、いろんな人の身に起こっていることなのではないか。「考え事をしなくなる」はスマホ時代の病なのではないかという気がする。

意外と、一日10分くらいずつ、静かな場所で自分が持っている情報を煮込んでみると、何かとてつもなく重要な情報が煮出されるということはあるのではないか。

リラックスするのではなく、集中して考える、ということが足りていない。しかし、集中して考えようとすると、眠くなったりする。

というわけで、今日から、1日5分、何もせずに集中して考え事をし、脳内を編集することにする。なんか、意味があったらまたここに書く気がする。

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