残飯カレー戦線

別に大した話ではない。ただ昼にカレーの残りを食った。それだけの話である。

鍋に残った昨晩のカレーの残り。コンロに置かれた奴はただの残飯に過ぎないが、フタを外せばその本性を現し始める。所詮レトルトだと思われるかもしれないが、そいつから漂うスパイシーな匂いは俺の鼻をちくちく刺激して、毒ガスのごとくナントカ神経を狂わせ俺をただ煽る。宣戦布告である。

俺は念入りに火を通したい主義である。食中毒の危険があるからだ。中火で3分ほどぐつぐつ。果たしてこれで十分なのか知らない。しかし、奴の発する香ばしいガスに、鍋の中でことこと入浴するジャガイモとニンジンと肉と仲間たちによる俺の視覚への拷問。温度に比例してパワーアップする奴の煽り攻撃は、俺の神経を麻痺させ、ついに本部陣営は滅ぶ。

降伏ののち、俺は否応なしに火を止めさせられる。しかし俺の敗北は同時に奴の敗北でもあることを、奴は知らない。煽り屋は結局、大局を見ないのだ。お玉を手に取り、入浴中の彼らを攫う。鍋の底にお玉がコンとぶつかると、温度差でジュッと鍋が驚く。中学の理科実験でも同じような音を聞いたんだけど、ちょっと苦い思い出があって、私の心臓は一瞬こわばっちゃった。…コホンコホン。咳払い。よし、現実に戻ろう。丸底フラスコを割ったとか今はどうでもいい。朕は国家なり。

さて、彼らの行先は我が領土、中位の丼鉢。白米の盆地に彼らを捕らえるのである。正直鍋に白米を投入する方が楽だとは思ったが、それは相手に自分の国土をただで渡すようなもの。敗者とて誇りを持たねばすなわち死である。
ある程度輸送が済んだので、俺は彼らの意表を突く行動に出る。残りの彼らを鍋から我が国土までダイレクトに流してやった。あーれー、という声が聞こえてくる。と同時に、民を転がす俺を許すまじと奴が反撃の狼煙をあげたのか、俺が眼鏡は真っ白に曇り視界を奪われる。だが、時すでに遅し。痛くも痒くもないし、奴はもはや俺の配下。世界征服、完了。ついでに奴の民なき国土は洗浄のため水没させる。

さて、祝杯をあげようではないか。

怒り狂った彼らは、俺のゲートへ次々と運ばれていく。しかし彼らは私に反抗などできない。毒ガスを撒き続けようが、それは返って俺をときめかせるだけである。無駄な抵抗である。

そうして、俺はここに戦果を記している。通算N勝M敗、Nは十分大きな自然数、Mは10以下の自然数である。おそらく。

ちなみにこのM敗とは何かというと、俺の中枢が彼らの一揆により破壊された回数である。破壊に成功した彼らはゲートから脱出したり、あるいはもう一方のゲートをこじ開けようとする。

そうして俺は今まさに、M+1敗目を迎えようとしていたのだった。どうやら奴には、目に見えない生物兵器を隠していたらしい。全ては奴の手の中だった、ということか……。彼らのケタケタ笑いが全身に響き渡る。フハハハハ。

ガクッ。

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