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ヨルシカ『月光再演』レポート

こんにちは、藍月です。今回はヨルシカのライブ、月光再演のレポートを執筆します。

※ここから小説調の文章になります。ネタバレにご注意ください。


ヨルシカ LIVE TOUR 2022

「月光 再演」

2022.3.10 START 19:00

春の日が落ち、冷たい風が吹いている。会場前には入場のために長蛇の列が出来ていた。

心臓が煩かった。一歩、また一歩とそこへ近づいている現実に、高鳴る鼓動は治まろうとしない。

座席に着いた。心臓はまだ煩い。緊張で体が自分のものでないようだった。笑うほど喉が渇いた。

時を知らせるブザーが鳴った。開演だ。

1.Poetry-海底にて-

「僕らは深い海の底にいる」

n-bunaさんによる朗読が始まる。反復される詩、込められてゆく感情。息が苦しい。今、私たちは皆、水中にいるのだと、そう理解した。

「僕らは鯨だ」

水面を見上げると、波に揺れる月光が見える。エイミーはそれを見ている。その一瞬。このライブは、その一瞬を描いたものだ。

「ヨルシカです」

彼は日付と場所を添えて名乗った。その瞬間、二年前のあの日、ライブハウスの中で感じたものを思い出した。あの情景と、声と、感情と、匂いを。

2.夕凪、某、花惑い

すぐに前奏が流れる。suisさんの高音が耳に溶ける。私は今、ヨルシカのライブを観ているのだと実感した。

聴いていて心地良い曲だ。全てを吹き飛ばすような爽快感のあるサビと、Aメロの儚さのギャップ。私はそれが好きだ。

ライブ全体を通して光の演出が豪華だった。個人的には、あまり激しくない演出が合っていると思う。

3.八月、某、月明かり

拍手をする暇もなく、曲が始まる。

私はこのライブ全体を、一つの作品だと思っている。だからこそ、曲間の拍手はなくていい。この作品の幕が降りるまで、彼らの舞台を邪魔したくはない。

ここで気づいた。キーが下がっている。彼女の低音が尖っている。予想外の展開に、私の心臓は跳ねていた。

感情的な曲だ。単語が続き、叫び散らすような歌詞が並んでいる。そんな曲を、彼女の低音が引き立てている。

「そんなの欺瞞と同じだ、エルマ」

これが最も感情の乗っている箇所だと、私は思う。エルマやエイミーの名前が歌詞に現れる曲は、聴いていて苦しくなる。それほどに、想いを込めて歌を紡いでいる。

4.Poetry-関町にて-

エイミーは劣等感を抱いていた。何かが足りない、そう思いながら過ごしている。

「君の弾くピアノが鳴った」

バイト先から帰る道で、彼は頭の中でエルマのピアノを聴く。目の前には商店街、茜色に染まる建物が広がる。

彼は人生で作品を作ることを決めた。エルマ、彼女に残す何かを。何処か遠くの国で、旅した場所で、詩を書いて、それらを彼女に送ろう。君に残す何かを書きたい。そんな作品の名前はもう決まっていた。

「だから僕は音楽を辞めた」

夕暮れの街、彼は頭の中で、彼女のピアノを聴いた。

5.藍二乗

丁寧に紡がれる歌詞と、後ろで流れる少しアレンジされたMV。大好きな曲だ。純粋で美しくありながら、溢れる感情が込められている。

どうしてこんな綺麗な詩が書けるのだろう。どうしてこんな、美しい文字を並べられるのだろう。私はn-bunaさんを妬んでいる。彼の感性に嫉妬している。

曲の最後、無音となる瞬間がある。何もない、一瞬の間。それさえも彼らの作品の一部で、意味を持っているのだと、私は思った。

6.神様のダンス

この曲は、序盤の優しい声や演奏と打って変わり、サビが力強くなっている。歌詞は書き殴った想いが込められているようで、それでも何処か諦めているような、そんな文面。

「月明かりを探すのだ」

空からsuisさんを照らすライト。月明かりだ。辺りの暗さが夜を表現し、そこに一筋の淡い光が降り注ぐ。彼女は月明かりを探していた。

「酷い顔で踊るのさ」

間奏のピアノが光る。今にも誰かと手を取って踊り出してしまいそうな、そんな軽やかなメロディ。そして、その直後に鳴り響く力強い低音。それらが今、目の前で奏でられているのかと思うと、胸が熱くなった。

7.夜紛い

先程と同じように、序盤からsuisさんの透き通った声が響く。スクリーンには詩が書き出される。爽快なサビがメンバー全員によって奏でられ、力強く駆け抜けてゆく。

曲は二番に差し掛かり、二年前のあの日に、ライブハウスの中でこの曲を聴いていた情景が浮かんだ。ここはライブハウスではないけれど、目の前で彼女は等身大を歌っている。

「君が後生抱えて生きていくような思い出になりたい」

このフレーズ。詩に込められた想いと、その言葉を紡ぐ彼女の歌い方。エイミーの心からの願いなのだと、これらはそう私達に訴えていた。

“後生”とは、以前までエルマの「残りの人生」とか、「置いていかれた後」という意味で捉えていたが、どうやらこの言葉には、

死んで後の世に生まれ変わること。

そういった意味があるそうだ。これを全てを理解した後に知った私の心臓は、大きく、歪むように跳ねた。

8.Poetry-雨の街について-

雨が降っている。エイミーは、一人でカフェテラスに座っている。ただ一人で、紙に字を重ねている。

ぐしゃぐしゃに丸めた彼の詩が、雨風に吹かれて転がる。濡れた地面に、白い紙が溶けてゆく。それを誰かが拾って、ぼうと眺めている。

「僕はその横顔を見て何か思っている」

エイミーは美しい何かになりたいと思っている。自分自身で美しさを宿したいと思っている。雨の街を歩きながら、彼は考えている。

カメラのフラッシュのように、景色が切り替わってゆく。それは思い出か、理想か、夢か。それとも他の何かか。彼は今日、何を書こうか考えている。

溢れ落ちた紙くずを拾う。顔を上げれば、彼は、

「雨の滴るカフェテラスにいる」

9.雨とカプチーノ

ポエトリーがn-bunaさんの印象的なフレーズで締め括られてから、あのイントロが流れ始めた。美しく透き通るようであり、雨の重くてねっとりとした表情も持っているこの曲。

窓や壁やらの装飾品が姿を現す。私たちは雨の街、カフェテラスにいる。雫が溜まった水に跳ねる音を聞き、カプチーノの入ったティーカップがまるでそこにあるような気分に陥っている。

間奏のギターが痺れる。彼は時折、感情を込めているのか足や体を大きく動かしながら弦を弾く。その姿がたまらなく私の心を惹き付け、私はそこへ目を向けざるを得なくなる。

酷い話だ。彼は自分へ興味が集まることは好まないし、作品を世に放ってそれで終わりである人で、自分を見てくれなんて微塵も思っていないはずなのに、何時しか私は、彼に心を奪われている。本当に、酷い話だ。

10.六月は雨上がりの街を書く

雨が降っている。雨樋を伝う水たちがスクリーンに映し出されている。この曲を初めて聴いたときから頭の中で流れていた映像が、今目の前に現れている。

妙な気分だった。自分の脳内が読み取られているようで。それを思い浮かべていたことを知られているようで。

「今の暮らしはi^2 君が引かれてる0の下」

i=√-1としてそれを二乗すると、答えは0の下にある-1となる。n-bunaさんはどうしてこれを歌詞に埋め込もうと考えたのだろう。iとは何を指す?藍?愛?それとも自分?ただ虚数単位として利用しただけ?

私には彼が分からない。理解出来ない。だからこそ、彼の創る世界に浸ることが出来るのだと、そう思う。

suisさんの流れる水のような歌声が、場内に響き渡っていた。全て水に流してしまいそうなサビと共に。

11.雨晴るる

晴れた。文字通り、晴れた。斜め上から、温かい光が差した。この表現を、私は二年前にも用いたことを思い出した。

「歌え 人生は君だ」

優しい音たちが跳ねている。ポロンとした音色が心地よく耳に注がれているのが分かる。まだ雨が降っているような、雨が傘に当たって跳ねているような、そんな音。

「君のいない夏がまた来る」

街並みのようなセットが、光に照らされ、音を浴び、ゆらゆらと揺れていた。そんなふうに見えた。

12.Poetry-ヴィスビーにて-

「天国に一番近い場所を探していた」

エイミーは歩いている。海辺の街を歩いている。これから何処へ向かうのか、波の音がその行き先を教えてくれる。

しばらく歩いて、彼はその道を俯瞰する。自ら進んで来た、その道を。探していた場所に繋がる道を。

森の教会で祈りを捧げる。彼は自分自身を悼んでいる。何処か遠くへ行くことを、悲しみ嘆いている。

「天国に一番近い場所を探している」

彼は歩く。彼の目的地に向けて。

13.踊ろうぜ

会場を照らすライトが七色に輝いている。suisさんの着ている白い服が、七つの光を通して揺らめいている。

「嗚呼、音楽なんかを選んだあの日の自分を馬鹿に思うね」

このフレーズを歌う彼女が、n-bunaさんの方をちらりと見た。音楽をしながら音楽を呪う、皮肉な歌詞。このとき彼女は何を思って彼を見たのだろう。ただ目線をそちらに向けただけなのだろうか。

この曲は二年前の月光でも、一番盛り上がりを見せた曲だった。スクリーンには曲に合わせて殴り書いたような歌詞が映し出され、会場内は手拍子に包まれていた。

今回は手拍子がなかった分、より作品への没入感が高まり、舞台や映画を観ている気分になれた。ヨルシカならではの魅せ方だと思う。

14.歩く

彼は街を歩いている。その足元が、スクリーンに映し出されている。

他の曲に比べ前奏から激しめな曲だが、サビの音程は高めで難易度が高そうだ、と聴く度に思っている。

ライブではやり直しが出来ない。一発本番で仕上げなければならない。だからこそ原曲を聴き込んでいればいるほどミスが目立つのだが、それはそれで味がある。

「あの丘の前に君がいる」

このフレーズに入る直前の間奏、最後のギター、何を取ってもたまらない。ギターの音色が好きだから、この曲に限らず“雨とカプチーノ”の間奏も痺れると前述した。

なめらかで静かな演奏も、激しくて盛り上がる演奏も、どちらもそれぞれ良い顔を持っており、それぞれに惹き込まれる部分が存在している。それらを最大限に活かすヨルシカが好きだ。

15.心に穴が空いた

ピアノの演奏が目立つこの曲。透き通り響き渡るような歌声と音色。聴けば聴くほど良さに気付く曲だと、個人的に思っている。

サビの力強さと、嘆いているような歌い方。そしてこちらの心にも穴が空きそうな、溢れんばかりの気持ち。感情移入をしすぎて、息が苦しくなってくるようだ。

「『君だけが僕の音楽』なんだよ、エイミー」

文節ごとに感情を込めるアクセントが存在し、藍二乗を彷彿とさせるこのフレーズは、最後に彼の名前を持ってくることで、さらに聴いていて苦しかった。

16.Inst-フラッシュバック-

心に穴が空いたの音が消えてから、照明がさらにその暗さを増す。心地よい音が耳を通り、体内を浄化させているのが分かる。

suisさんが前世を彷彿とさせる声を響かせた。歌詞のないインストだからこそ、音が素直に体に染み渡った。

17.パレード

優しい前奏、丁寧に紡がれる儚い歌詞。この曲のピアノも好きだ。声と楽器が一音ずつ美しい世界を作る。

「君の指先の中にはたぶん神様が住んでいる」

このフレーズを歌うsuisさんの優しい声、そしてその声を引き立たせる静かな演奏。直後にギターとドラムが足を揃えて前に出る。この部分が私のお気に入りだ。

「忘れないように 君のいない今の温度を」

この後一瞬静寂が訪れ、彼女の透き通った声に合わせて楽器たちが美しい音を響かせる。曲の途中で静かな間が入ると、鳥肌が立つ。

18.海底、月明かり

静かな泡の音、淡く煌めくピアノの音色。穏やかな時間が流れている。研ぎ澄まされていた感覚が滑らかに広がっていくのが分かる。

舞台を照らす明るいライトはない。目を閉じれば、本当に海の中にいるような感覚に陥る。それと同時に、もうすぐこの作品が終わりを迎えることを実感し、海底の寒さと共に体が冷えていくのを感じた。

19.憂一乗

階段に腰掛けたsuisさんが淡い光に照らされている。これは水中に揺らめいた月明かりなのだろうか。

曲の序盤はsuisさんの儚い歌声と、アコースティックギターのシンプルで味のある音色が溶けて混じっていた。しかしサビに入れば、嘆くように感情が込められる。

「こんな自分ならいらない」

その言葉から連なって吐き出される心情、欲望、そして、

「また君の歌が聴きたい」

本音。これらが彼女の優しい喉から強い感情と共に会場へと広がった。

20.ノーチラス

「時計が鳴ったからやっと眼を覚ました」

何度も何度も耳に注いできた印象的な歌詞。周りの楽器たちの静けさが、彼女の美しい歌声を引き立てる。

正直なところ、この辺りは登場人物に感情移入しすぎてよく覚えていない。ただただ二人の気持ちを痛感して、苦しくて、息が出来なかった。まるで私も海底にいるかのようだった。

「さよならの速さで顔を上げて」

物語は確実に終わりへと歩を進める。一生このままでいいと思った。この瞬間で時が止まればいいのに、と。この“美しい”だけでは表現しきれない作品の幕が閉じるのは惜しいと。

しかし、この曲の終盤は“終わりらしさ”を持ち合わせていない。まだ演奏や歌詞が続いていくような、そんな印象だ。

それは物語の続き、生まれ変わりを表しているのかもしれない。

21.Poetry-走馬灯-

エイミーは深い海の底にいる。脳内には歌が響いている。溢れる泡ぶく、煌めき揺れる月明かり。息の出来ない苦しさに、彼は海中でもがいている。

「そうか、」

ずっと見えていたこの光は、景色は。思い出は。雨のカフェテラスは。夜紛いの夕暮れは。富士見通りは。天国に一番近い場所を探す道のりは。メロディは。音楽は。長い夢を見ていたようなこの時間は。あの日の景色は。

彼の記憶、思い出、そして感情。溢れんばかりの想いが詰まった脳内が、一つずつ映し出されてゆく。

そして彼は気付く。そうだ。全ては、

「僕の見る走馬灯か」

22.だから僕は音楽を辞めた

全ての答えとなる曲が、そのまま流れるように奏でられる。ピアノの滑らかな音色と、しっかりと踏まれるドラムのリズム。そして、投げやりな歌詞を丁寧に歌い上げるsuisさんの声色。

感情を込めて走り抜けるサビ。全てを込めて歌い、演奏しているのがこちらまで伝わってくる。これがエイミーの、エルマの、そしてヨルシカの、物語の終着点だ。

曲は終盤に差し掛かる。suisさんの細く、しかし強く訴えかけるような声、そして――

いや、無理だ。詩や音、映像、光、さらにこの空間を使って作られているこれらを、そしてそこに居合わせ感じ取った想いを、文字だけで表現するのは不可能に近い。それほどのものだった。これは、ライブであってライブではない。“月光”と名付けられた、青年の一瞬を描いた一つの作品だ。

「だから僕は音楽を辞めた」

青年の答えを彼女が歌いきる。直後、彼女は大きく息を吸い上げた。その音までマイクが拾ってくれた。その瞬間、私は圧倒されて息を呑んだのを覚えている。

23.Poetry-生まれ変わり-

「今更になって思う」

エイミーは遠のく意識の中、走馬灯を見た後で、自ら考えたことを思い返していた。最後まで考えるのは音楽のことばかりだと言いながら、彼はエルマへの想いを語り始める。

「エルマ、この旅で書いた僕の手紙と詩は
君にちゃんと届いてくれるだろうか」

彼女はそれを見て何を思うのだろう。彼の感じたこと、綴った想い、全てを辞めた理由まで、ちゃんと分かってくれるだろうか。

「分かってくれないだろうな」

そうやって彼女への届かぬ言葉と記憶を浮かべるうちに、秘めた感情が喉の奥へ溢れ出す。今更だ。今更、君に会いたいと思った。

「もう一度だけその泣いた顔が見たいと思った」

彼は行かなければならない。何処か遠い場所へ。早くそこへ、行かなきゃだめだ。

「生まれ変わってでも僕は君に会いに行かないと」

「生まれ変わってでも」

「生まれ変わってでも」

彼の感情が最大限に現れる。反復される詩に、彼の叫びに、私は胸を締め付けられた。今、彼を通して私たちが見たもの。それはきっと、彼の走馬灯だ。

「月光のように優しい、

波の走馬灯だ」

彼は瞼を閉じて、道の先に何かを見る。丘の上には誰かが立っていて、脳裏には彼女の顔が浮かんでいる。夏の匂いを感じながら、彼はゆっくりと歩き出した。

彼は今、瞼の裏に光を見ている。誰かの顔を浮かべながら。夜しか照らさない、夜明けにも似た光。薄く眩しく、淡い光とはとても思えない、

「月光を」

その印象的な詩で作品を締めくくり、二人は深々と頭を下げた。場内には拍手が響き渡り、二人は背を向けて別々の場所へ姿を消した。suisさんは舞台の上側、n-bunaさんは舞台の下側へ。まるで、離れてしまった二人のように。

24.エピローグ

物語はまだ終わらない。私たち観客の長い拍手が鳴り止まぬ中、スクリーンは一つの映像を映し出した。

そこには白いワンピースに身を包むエルマがいた。

届いた荷物を開封すると、見慣れた木箱が現れる。蓋を開けるとそこには、

「エルマに」

そう書かれた紙が入っている。彼の手紙や詩が彼女の元に届いた瞬間だった。

そうだ、私は二年前にも、似た映像を見たんだ。忘れかけていた記憶が塗り替えられ、当時の匂いと共に私の脳へ降り注いだ。

会場には再び拍手が響いていた。作品の幕が降りた今こそ、ヨルシカが“月光 再演”をやり遂げてくれたこと、その観客席に自分が存在出来ていたことに大きな拍手を送るべきだと、そう思った。



これにて、「月光 再演」のライブレポを締めくくらせて頂きます。本当に長い文章となってしまいましたが、ここまで目を通して下さりありがとうございました。私はこれからもヨルシカを応援し続けることでしょう。

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