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レビュー①:山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

2024年1月1日に逝去された経済評論家の山崎元氏。癌で余命宣告を受けた後、18歳になる息子さんに向けて書かれた「経済評論家の父から息子への手紙」が遺作となりました。この本は、「お金の心配をせず、自由に気分よく生きていくためにどうすればいいか」について、山崎氏の人生の集大成ともいえる知恵が詰まっています。

本書を読んで、個人的に共感し、深く考えさせられた部分を中心に、感想も交えながら、山崎氏の教えを紐解いていきたいと思います。

資本主義経済の本質 - 「利益を提供する側」になるな

本書の「はじめに」から、山崎氏の鋭い洞察が光ります。

世間に流されてぼんやりと働いていると、一方的に『利益を提供する側』に回って損をする。資本主義経済はそういう仕組みになっている。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

この一文は、十数年以上、仕事や株式投資をし、資本主義経済の中で生きてきた私自身の実感とも重なります。多くの人々が無自覚のうちに「利益を提供する側」に回り、結果的に損をしている現実。これこそが資本主義経済の本質的な仕組みだと思います。

では、「利益を提供する側」とは具体的にどのような人々を指すのでしょうか。山崎氏は以下のように定義しています。

  1. 世間に流されてぼんやりと働いている人

  2. リスクを取りたくない人

  3. 工夫のない人・無難な人

これらの特徴を持つ人々が、知らず知らずのうちに「利益を提供する側」になってしまうのです。

山崎氏は本書を通じて、資本主義経済の根本的な原理を繰り返し強調しています。

経済の世界は、リスクを取ってもいいと思う人が、リスクを取りたくない人から、利益を吸い上げるようにできている。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

この原理は様々な表現で何度も登場し、個人的に、この本の中でも特に刺さった言葉の一つです。

資本主義経済は、リスクを取りたくない人から、リスクを取ってもいい人が利益を吸い上げるようにできている。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

世の中は、リスクを取りたくない人が、リスクを取ってもいいと思う人に利益を提供する様にできている。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

経済は『適度なリスクを取る者』にとって有利にできている。大事なことなのでしっかり覚えておけ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

この原理を理解することは、資本主義社会で生き抜くための第一歩といえるでしょう。

では、なぜ多くの人々が「利益を提供する側」に甘んじているのでしょうか。山崎氏は次のように説明します。

2万円の生産に貢献して1万円しかもらわない労働者が、不満で不本意なのかというと、そうでもない。彼(彼女)は、たとえ1日に1万円でも、安定した雇用と安定した賃金を求めているからだ。安定(=リスクを取らないこと)と引き換えに、そこそこの賃金で満足する。合意の上の契約だ。彼らこそが、世界の養分であり経済の利益の源なのだ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

つまり、多くの人々は、リスクを取ることを恐れるあまり、安定を選択します。しかし、その安定と引き換えに、自らが生み出した価値の一部を手放しているのです。

山崎氏は、リスクを取らない人だけでなく、「工夫のない人」「無難な人」もまた「利益を提供する側」になると指摘します。

労働者に限らず、工夫のない人は損をする。これは、責任論以前の経済の現実だ。他人と同じであることを恐れよ。無難を疑え。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

『他人と同じ』を求めるだけでは幸せになれない。不利な方への『重力』が働く。これもよく覚えておけ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

資本家でも、労働者でも、どの立場でも、工夫のない人間が敗れるように経済はできている。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

これらの言葉は、私たちに自己革新と創造性の重要性を強く訴えかけます。そして、無自覚に、流されてぼんやりと生きていると、「利益を提供する側」になってしまうことになります。

資本主義ポジショニング・マップ - 狙うべき人生の方向性

では、どのように生きるべきなのか。山崎氏は次のように提言します。

必要なマインド・セットは、(1)常に適度な『リスクを取ること』、(2)他人と異なることを恐れずにむしろそのために『工夫をすること』の2点だ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

『自分を磨き、リスクを抑えて、確実に稼ぐ』ことを目指す古いパターンよりも、『自分に投資することは同じだが、失敗しても致命的でない程度のリスクを積極的に取って、リスクの対価も受け取る』のが、新しい時代の稼ぎ方のコツだ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

今や、お金持ちになるために目指すべき方向性は、旧来型の『リスクを取らずに堅実にポイントを積み重ねる』から、『適度にリスクを取って、早く大きなリターンを得ることを目指す』に、180度変わった。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

つまり、当たり前ですが、「リスクを取りたくない人」「工夫のない人・無難な人」という「利益を吸い取られる側」ではなく、「適度なリスクを取る人」「工夫をする人」という「利益を吸い取る側」になることが重要なのです。

山崎氏は、具体的な行動指針として「資本主義ポジショニング・マップ」を提示しています。このマップは、縦軸に「資本収益力」、横軸に「権力収益力」を置き、リスク愛好的かリスク回避的かで4つの象限に分けています。

左下の「サラリーマンの群れ」が、まさに「利益を提供する側」「利益を吸い上げられる側」であり、ここにとどまる人生は全力で回避すべきだと山崎氏は主張します。代わりに、「狙い筋A」と「狙い筋B」を目指すべきだとしています。

狙い筋A - 株式性の報酬を目指す

「狙い筋A」は、以下の3点を重視します。

  1. 株式性の報酬と上手く関わること

  2. 適度なリスクを取ること

  3. 他人と同じにならないように工夫すること

具体的な方法として、山崎氏は4つの選択肢を提示しています。

  1. 自分で起業する

  2. 早い段階で起業に参加する

  3. 報酬の大きな部分を自社株ないし自社株のストックオプションで払ってくれる会社で働く(外資系企業に多い)

  4. 起業の初期段階で出資させてもらう

これらの選択肢は確かにリスクを伴いますが、山崎氏は次のように指摘します。

株式性の報酬を目指して働く場合のダウンサイドは、せいぜいが『クビになる』ことにとどまる。個人が借金を背負うようなリスクを取らなくてもいい点がポイントだ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

さらに、「クビ」のコストについても詳細に分析し、以下のように結論づけています。

総合的に見て『失敗しても、コストは小さい』。小さなダウンサイドの可能性と引き換えに、大きなアップサイドが狙える点で、株式性の報酬を目指す働き方は、個人が安全に使えるレバレッジ(梃子)として、現在最も有利なものだろう。繰り返すが、『失敗しても借金が残らない』。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

狙い筋B - 堅実な資産形成

一方で、「狙い筋B」は、より保守的な選択肢です。山崎氏は、この選択肢について次のように評価しています。

率直に言って、いかにも『チキン(臆病な)』選択肢だ。『狙い筋A』の人生よりも退屈だし、経済力を作るまでにはひどく時間がかかる。それでも、何もしないよりは随分いい。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

「狙い筋B」の具体的な方法として、山崎氏は以下のアドバイスを提供しています。

  1. 生活費の3~6ヶ月分を銀行の普通預金に取り分ける。残りを「運用資金」とする

  2. 運用資金は全額「全世界株式のインデックスファンド」に投資する

  3. 運用資金に回せるお金が増えたら同じものに追加投資する。お金が必要な事態が生じたら、必要なだけ部分解約してお金を使う

このシンプルな方法について、山崎氏は次のように述べています。

『父ちゃんは、長年お金の運用を専門にしてきて、本もたくさん書いているのに、これだけかよ?』と君は言いたいかもしれない。だが、本当にこれでいいのだ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

インデックス投資の本などを読まれたことがある方は納得の内容だと思いますし、私自身も色々な経験や色々な人も見てきて、本当にこれでいいと思います。

また、投資にはリスクがつきものです。特に、お金を引き出す必要が生じた時に株価が暴落しているような事態に遭遇することもあるでしょう。このような状況に対して、山崎氏は次のようなアドバイスを提供してくれていて示唆に富んでいたのでご紹介します。

お金を引き出そうとした時に、株価が大きく下がっているような事態が『結果的に』あるかもしれない。その時には残念に思うだろうが、『意思決定時点の(事前の)選択として正しかった』けれども、運が悪かったのだと考えて納得せよ。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

その損失は『サンクコスト』(埋没費用。すでに発生していて取り返しが不可能なコストのことで、意思決定上は無視するのが正しい)だ。それ以上の意思決定はできなかったのだし、株価はコントロールできない。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

人生にあっては、コントロールできないことについて悩んでも仕方ない。できることは確率・期待値的に良い選択をして後は好結果を祈るだけだ。それ以上はない。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

しかも、損をしても、幸い『お金で済む話!』だ。命を取られたり、信用を失ったりするような問題ではない。

山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

これらの言葉は、投資だけでなく人生全般におけるリスクへの向き合い方を示唆しています。自分でコントロールできることと、できないことを冷静に見極め、最善の選択をした上で結果を受け入れる。このような姿勢が、リスクと共存しながら人生を歩む上で重要なのです。

まとめ・感想

本書を読んで、もし18歳の自分にアドバイスできるとすれば、私は「狙い筋B」を勧めると思います。確かに山崎氏は「狙い筋A」をより推奨していますが、私自身が「狙い筋B」で資産を築いたこともあり、「狙い筋B」の方が多くの人にとって再現性が高く、一定の満足のいく人生を実現できる可能性が高いと考えるからです。

しかし、重要なのは「サラリーマンの群れ」に埋没せず、常に適度なリスクを取り、工夫を重ねる姿勢を持ち続けることです。そして、自分のコントロールできないことに過度に悩まず、できる範囲で最善の選択をし続けること。これこそが、山崎氏が本書を通じて伝えたかった本質的なメッセージではないでしょうか。

資本主義社会は、確かに「リスクを取りたくない人」「工夫のない人」から利益を吸い上げる仕組みになっています。しかし、その仕組みを理解し、適切に行動することで、私たちは「利益を吸い取られる側」から「利益を得る側」へと立場を変えることができるのです。

山崎氏の遺作は、単なる経済的成功の指南書ではありません。それは、資本主義社会を生き抜くための知恵と、人生をより豊かに生きるための哲学が詰まった、息子への、そして私たち読者への貴重なメッセージなのだと思いました。

また、今回の記事では主要な内容について書きましたが、今回触れなかった中で特に取り上げたいポイントがあり、次の記事を書いています。良かったら読んでみてください。

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