拒絶~「保つ」ための受容と拒絶~⑨

3.母の拒絶と「死」
「奇妙なことにグレゴールには、食事中のさまざまな物音の中から。いつもくりかえし歯の噛む音が耳につくのだったが、まるでそのことで、食べるには歯が必要であり、歯のない顎なんてどんなに立派でも何にもならない、ということを見せつけられているかのようだった。「僕にだって食欲はあるさ」と、グレゴールは不安でいっぱいになって、独りごちた。「でも、こんなものは食べたくないね、どんなにこの間借りの紳士たちが食べようと、ぼくは食べずにくたばっていくんだ!」」

グレゴールの家に来た下宿人が彼の母親の作った肉料理を食べているのを見た際、グレゴールは「こんなものは食べたくない」とその食べ物を拒もうとした。

この世でただ唯一愛している家族に見放されつつあったグレゴールは、家族ならびに全てのものに自分は受け入れてもらえないことを感じ、誰も味方がいない世界に敵対心を抱くようになったと考える。

そのため、母親が作った肉料理を食べる下宿人をみてその料理を拒んではないだろうか。

そしてこれは、母親のことを拒絶したともいえるのではないかと考える。

まだかろうじて妹に世話をしてもらっており、家族とのつながりがあったグレゴールであったが、大切な存在である母親が自分のことよりも他人のために料理を作って提供していたことが許せなかったのだと考える。

このことを母の拒絶ならびに「母との関係の死」を意味すると考える。

また、虫になったグレゴールは人間と同じように歯を使って噛むことができなかった。

食べることは誰もが行い共有するものであるのに対し、噛むことは少なからずそれとは異なる。

人と一緒に食事をしていても、咀嚼はほぼ全員の人がすることでありながら噛むのは自分以外にはできないことであり、共有することもしない。

そのため、噛むことは人に見せることはほとんどない。味方がいないと感じていたグレゴールにとって、自分だけで行うことのできる咀嚼という行為は貴重なものであった。

しかしその噛むということでさえ受け入れてもらえないと感じたグレゴールは、自分が世界にいることでさえ拒まれているように思われ、嫌気がさしたのではないかと考える。

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