拒絶~「保つ」ための受容と拒絶~⑪

1.グレゴールから考える死
「「あいつはいなくならなければならないのよ」と、妹は叫んだ。「それがただ一つの手段よ。あいつがグレゴールだなんていう考えから離れようとしさえすればいいんだわ。」」

 グレゴールの妹はバイオリンを下宿人の前で披露することになり、懸命に弾いていたが、下宿人側は演奏に飽きて苛々していた。

そして両親はそれを見て焦燥感を抱いていた。

グレゴールは妹のバイオリンの音色に感動し、極限状態であった妹を助けたい一心で周囲の前に姿を現した。

彼は家族の中でも妹のことを誰よりも大事に思っており、彼女のために自分の働いたお金で両親が反対する音楽学校に通わせることを密かに切望していた。

家族の中でも妹のことを最も愛し、信頼していたといえるだろう。

そしてそれは妹もそうであったといえる。

「彼女のうなじにキスをしたい」と考えたグレゴールのその愛は家族としての範疇を越えたものであり、姿を現したグレゴールを見て父親はパニックに陥った。

彼は下宿人に彼の姿を見せてはならないと必死に隠そうとし、それによって下宿人はザムザ一家に幻滅した。

そして妹は自分を心配する父親のために、全ての責任をグレゴールに押し付けたのではないかと考える。

仕事、家具、食を介した家族とのつながりが一切絶たれ、家族以外の人間を信頼していなかったグレゴールにとって、何のレッテルも貼られていない家族との愛情そのものが生きるための最後の砦のようなものだった。

しかし、この一件をきっかけに両親から完全に拒絶され、一番大切な妹にも愛情そのものを拒絶された。

このことは彼にとって絶望的なものであったと考える。


「感動と愛情とをこめて家族のことを考えた。自分が消えてしまわなければならないのだという彼の考えは、おそらく妹の意見よりももっと決定的なものだった。」

 家族並びに妹との愛情という根源的なものを失ったグレゴールにとって、もはや自分がその場にいる意味を見出すことができなかった。

自分は家族に完全に拒絶されていることを悟り、グレゴール自身も家族を拒絶せざるを得なかったのだと考える。

他に大切なものがなかった彼にとって、家族は自分の生きる世界を成り立たせる上で必要不可欠なものであった。

そのため、それまでの家族関係、特に妹との関係の崩壊というものは、グレゴールにとって自分を成り立たせている世界そのものが崩壊したということである。

よって、全てのことを諦めて家族と自分並びに世界と自分の関係を根絶するべきだと考えたといえるのではないだろうか。

そうして、彼は「自分は死ぬべきだ」と考えたといえる。

彼にとって家族とは世界そのものであり、それを切り離すには死という選択肢しかなかったのではないだろうか。

ここで、先ほど家族を完全に拒絶したと述べたのに対し、グレゴールは感動と愛情をこめて家族のことを考えたと述べられていることについて疑問が生じる。

ここからいえることは、どんなに家族に拒絶をされても、グレゴールは家族への信頼感や愛といったものを失っていなかったのではないかということである。

家族のことを考えた際、愛する彼らが幸せになる道は、自分がいなくなることだと彼は判断したのだと考える。

また、ザムザ一家は家族以外の世界を拒んでいた。グレゴールは自分がいなくなることによって彼らに外の世界を愛することを伝えたかったのではないかも推測できる。

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