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リペアを巡る人類学・STSを読む。10の文章と2022年のおつかれさま

デザイン事務所で働き出したころ。最初の仕事があるファッションブランドのコンセプトブック作成の手伝いだった。(新人だったので色校正だけ)

その本でとりわけ印象に残ったのが、3ページ分の見開きを今にも朽ちそうな植物と鉛を、油性塗料で埋めたアンゼルム・キーファーの「The Secret Life of Plantes」という作品だ。脆弱さ、儚さ、と同時に、希望も感じる。

修理の人類学やSTSを想うとき、脳内に描写されるのは不思議とこのイメージだ。STS研究者のジャクソンが2019年に書いた"Repair as Transition"というメッセージと重なる。

修理は前方視的で進歩的であり、未来に向けて価値を維持し投影するために継承された状況の景観を作り直す、創造性と革新の場と見なすことができるかもしれない。
Repair as Transition: Time, Materiality, and Hope, SJ.Jackson (2019)

修理は常に周縁にある。でも、その周縁がおもしろい。この修理をめぐる人類学やSTSの歴史は、職人技術、職場、社会秩序、インフラ、家庭労働、イノベーション、エコロジーと、領域横断的に様々な分野を飲み込みながら、静かに拡張を続けているのだ。

そんな歴史から、10本のおすすめ書籍・論文をまとめてみた。

網羅するには、人類学者S.マターンがRust(都市インフラの修繕)、Dust(家や内装の世話)、Cracks(物体の修理)、Corruption(データクリーニング)の4つに分類しながら論述した記事があるのでそちらがお薦め。

発展途上の分類マップ(国広作)

Talking about Machines: An Ethnography of a Modern Job(1996) / Julian Orr

ゼロックス・パロアルト研究所のリサーチャーだったJ.オール。コピー機の修理技術者を対象に、参与観察と会話分析により、暗黙の知識が社会的に分散した資源であり、口述で保存・共有されることを示した一冊。

The Mechanics of Workplace Order: Toward a Sociology of Repair(2000) / Christopher (Chris) Henke

リペアは「社会秩序を修復する実践」という視点を持ち込んだC.ヘンケ。修理士の技術 = 個人に着目するのではなく、職場のネットワーク = 社会に着目した点が斬新。2020年発表の「Repairing Infrastructures」も気になる。

Out of Order. Understanding Repair and Maintenance(2007) /  Stephen Graham, Nigel Thrift

都市社会学者のS.グラハムと、地理学者のN.スリフトによる論文。対象を更に広げ、都市生活のインフラストラクチャに着目。電力、自動車、ICT、水道などを横断し、維持が無ければ、もはや生活が成り立たないことを説いた。

Care in Practice:On Tinkering in Clinics, Homes and Farms(2010) / Annemarie Mol 他

冷たげで合理的なテクノロジーの世界に、ケアという温もりと非合理性を持ち込んだA.モル。これまで語られにくかった出来事、習慣、摩擦に言葉を与えることを目指し、診療所、家庭、農場をめぐる論考集へとまとめている。

Rethinking Repair(2014) / Steven J. Jackson

どの文献にも軒並み引用される、ニューメディア研究者SJ.ジャクソンの寄稿文。侵食、破壊、衰退を出発点とした場合に何が起こるかを構想する「壊れた世界の思考(Broken World Thinking)」はここで描かれた。

Repair matters (2016) / Valeria Graziano, Kim Trogal

piratecareを主催する文化理論家のV.グラツィアーノと都市研究家K.トローガルによる論考集。前のnoteに詳しく書いているが、個人的には修理にまつわる「労働」に着目されているのがよい。

Repair Work Ethnographies: Revisiting Breakdown, Relocating Materiality(2019) / Ignaz Strebel他

飛行機と美術品、自転車と建物、車とコンピューター、医療機器と携帯電話など、世界中の修理にまつわる民族誌を集めた論考集。序盤の修理作業の歴史のまとめは参考になる。編者は、都市地理学者のI.ストレーベル。

Repair, Brokenness, Breakthrough: Ethnographic Responses(2019) /  Francisco Martínez

物質文化、社会デザインに着目するエストニアの人類学者F.マルティネス。この論考集は、人工岩礁や、モノへの愛、ゴミ収集、環境活動家のジレンマなど、修理にまつわる美学や感情形成に踏み込んでいる点がユニークだ。

On Materiality and Meaning: Ethnographic Engagements with Reuse, Repair & Care (2019) / Cindy Isenhour, Joshua Reno

気候変動の人類学者C.アイゼンハワーと、廃棄物の人類学者J.リノ繰り広げる、循環経済における再利用をめぐる論考。リノは穢れや除外されたものに感情や希望を持ち込むので、読んでて面白い。

Ecological Reparation: Repair, Remediation and Resurgence in Social and Environmental Conflict (2023) /  Maria Puig de la Bellacasa 他

ビデオシリーズに先立って書かれていた論考を、オムニバス形式でまとめた本。土壌修復、精神医学、風力エネルギー、フードジャスティスと、従来のSTSの範囲に留まらないエコロジカルな修復、ケアがテーマ。

いったん、ここまで。

2022年も終わり。雪がうっすら降ってきたので、最後に池澤夏樹のスティル・ライフから雪の描写の文章を添えて、閉じたいと思います。

それでは、みなさまよいお年を。来年は激動の年だ。

雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。
スティル・ライフ, 池澤夏樹, 1987



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