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大阪大学大学院でこころの病の人類学とデザインを研究する

2022年春から、社会人枠で、大阪大学の人間科学研究科博士前期課程に入ります。なんで入るん?なにを研究するん?とちょこちょこ聞かれるのでまとめておこうと思います。

バックグラウンド

大学卒業後、東京で美術展やVIのグラフィックデザインを7年間手がけた後、ロフトワークに入社。京都ブランチを立ち上げるタイミングでひょっこり京都へ舞い戻りました。ここで企業や省庁の新サービスの顧客発見や、新技術の用途開発などのリサーチプロジェクトを主に担当して10年が立ちました。

一方で、辺境音楽と山登りが趣味で、京都精華大学の入学案内の音企画を担当させてもらったり、旅と文化のWebメディアPORTLAで国立公園を巡る特集企画を作らせてもらったりもしています。

そんな自分の興味の中心にあるのは、いつもデザインと人類学でした。体系立てて学びたいなと思う気持ちに加え、ここから先の20年をどう楽しく生きるか模索しているさなか、大学院での研究・実践がひとつの新しい選択肢として浮上してきたという感じです。

どんな研究分野か

研究分野は科学技術と文化。担当教授である森田敦郎先生の扱われる分野は科学技術の人類学です。気候変動適応、アクターネットワーク理論、人新世、科学技術社会論(STS)、人類学と、学際的なアプローチが魅力で、近年ではデザイン人類学を積極的に取り入れられています。

きっかけは2021年。都市と自然の共生をテーマにしたオンラインイベントをご一緒したことでした。森田先生に繋いでいただいたのは、ダナ・ハラウェイ、デ・ラ・ベラカーサ、アネマリー・モルらの言論に依拠しながら実験室における知識生産を研究されている鈴木和歌奈さんです。

この出来事も後押しとなり、院進が現実味を帯びました。北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)や慶應義塾大学大学院 システムデザインマネジメント研究科(SDM)など国内他大学(海外も夢見た)も検討しましたが、やっぱり自分の関心領域はここだと思い、大阪大学に決めました。仕事しながら、子育てしながら、という地理的・時間的制約も大きい…

介入するデザイン人類学

森田先生のところに決めた理由のひとつに、デザイン人類学がありました。シンプルに言えば、未来を実装する「デザイン」と、過去を検証する「人類学」の融合領域なのですが、デザイン人類学はある意味、両者の不得意な部分を埋め合う領域であるとも言えます。

デザインは問題解決が目的であり、人類学は他社理解が目的です。それ故に、前者は介入を前提とし、後者は介入を前提としません。逆に、階級、ジェンダー、人種、植民地性に関する問いに対して、デザインは欠落しているが、人類学は包括しています。(エスコバル, 2018)

この違いを埋め合うことを前提に、Design Anthropology: Theory and Practice (Wendy Gunn, Ton Otto, Rachel Charlotte Smith) では、大きく3つの挑戦が掲げられています。

  • 記述から応答へ、参与観察から観察参与へといった「介入を実践する」

  • 包括的・批評的に世界を見つめ「未来をプロトタイプする」

  • 単一肩書でなく、ファシリテータや共同創業者など「複雑な役割を持つ」

これらの結果、気候変動や経済格差、ジェンダー公正や不当労働など、時間軸が長く複雑な事象に対して(また資本主義の外側にある事象も含め)具体的な提案を持って、貢献できうる可能性があるんじゃないかと思います。ここが一番ワクワクしたポイントでした。

その目的は、人々の生活をより豊かにし、より持続可能なものにすることである。その時間的な方向性は、従来のエスノグラフィーによる人類学とはまったく逆で、過去を振り返るのではなく、人々の欲望や願望と同時に前進していくものである。
- Design Anthropology: Theory and Practice, 8 From Description to Correspondence: Anthropology in Real Time :Caroline Gatt and Tim Ingold

これから何をするのか

一言で言えば、こころの病の予防です。ここに広義の「つくる」を用いて、軽度の精神疾患に対してアプローチできる方法を模索します。対象は日本の労働人口の中核を成す、15-44歳を想定しています。

精神疾患に取り組もうと思った理由は2つ。

1つは社会的な理由。2017年の厚労省のデータによれば、精神疾患を有する外来患者数は約1.7倍に増加(入院は逆に減少)。この外来患者数のうち、該当しうるのが約70万人。日本の総労働人口のうちの約2%が、何かしらの心の病を抱えていると推察できます。これはまずい感じ。

もう1つは個人的な理由。コロナも背景に、家族/友人/同僚に心の病を持つ人が増えました。根本には、約20年前の友人の自死も影響しています。

近年では、気候変動がメンタルヘルスに与えるエコロジカルグリーフや、WHOによって国際疾病分類されたゲーム障害など、新しい精神疾患の類が増加しています。このテーマは、まさに複雑な問題を取り扱う、デザイン人類学が取り組むべき対象なのではと考えています。

そんな複雑な課題に対して、なんとかしたい。そう思ったときに、広義の「つくる」で解決を図ることができないかと思いました。

ひとつの仮説は、クリティカルメイキング(批判的ものづくり)です。内省を重視するこの思想は、つくるものの表現に着目するのではなく、この素材がどこから来ているのか、生活の何を変えうるかなど、つくる周囲にある関係性を見て、自分の身体、環境、政治、生命にまつわる認識や解釈を広げていきます。これが心の病を予防し、活力に繋がるのではと考えています。

もうひとつの仮説は、東洋医学です。広辞苑によると「つくる」は10種類以上の意味があり、植物を「育てる」ことも、家具を組み立て「直す」ことも含まれます。そのなかに「ととのえる」という解釈もあり、まさに未病を継続的に予防していく東洋医学を活かし、それらをプロダクトやシステムといった解決方法に落とし込むアプローチもありうるのではと考えています。

このあたりはこころの病についての理解を慎重に深めたのち、模索していきたいと考えています。(お察しのとおり、まだこころの病についても、どの領域に焦点を絞るか絶賛迷い中です)

最後に

といろいろ書いてきましたが、もうひとつ、実はとある場所に、今回の研究テーマを活かすリトリートの場を作りたいなあと考えています。休養ができ、教育を兼ね、研修に利用できる機能を積んだ小さな場です。とはいえ、まだ構想段階で、実現には数年かかる見込み。まだ妄想…

最後に、今回の研究のインスピレーションとなった6冊を紹介して、締めくくりたいと思います。

Design Anthropology: Theory and Practice/Wendy Gunn, Ton Otto, Rachel Charlotte Smith

2013年に発行された、デザイン人類学領域の寄稿本。1980年代のコンピュータ科学と人類学の協働を起点としながら、参加型デザイン、エスノグラフィ、HCIなどを横断し、様々な批評と展望について語られる一冊。

多としての身体―医療実践における存在論/アネマリー・モル

オランダの大学病院を調査し、動脈硬化という一つの病が、様々な行為や場所、診断と治療の相互作用の中で、多重性を帯びて存在していることが綴られる。モルのロマンチックな文章と、大胆な二段構成にしびれる一冊。

Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds/Arturo Escobar

多元的な世界に向けたデザインを熱く提唱する、開発人類学者エスコバルの一冊。「私たち自身が人生のプロジェクトをデザインし、コントロールする者になりたい」というアルゼンチンの詩人チフアイラの言葉が刺さる。

プシコ ナウティカ―イタリア精神医療の人類学/松嶋 健

「近づいて見れば誰一人としてまともなものはいない」というイタリア精神医療のモットーを引きつつ、精神病院の廃絶の裏側、廃絶から地域への移行で生じた事象などを大局的に描く。圧巻の一冊。

都市文化と東洋医学/マーガレット ロック

1980年代の京都に潜り、東洋医学=漢方はどのように実践されているのか、を西洋医学と比較しながら考察する一冊。食い合わせ(桃と蟹を同時に食べると食中毒が起こる等)など、土着の信仰にまつわる医療行為がユニーク。

DIY Citizenship: Critical Making and Social Media/ Matt Ratto, Megan Boler, Ronald Deibert

ビデオ、ウェブベースのコミュニケーション、庭園、ラジオ送信機、ロボットなど様々な「つくる」行為を通じて、それらを取り巻く社会的、文化的、政治的な問題に気づき、それを調査、議論する必要性を熱く語る一冊。


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