【ジャンプ原作大賞作品】弟が罪滅ぼしに書けば欲しい物が手に入るノートを私の机の上に置いてきたんですけどー!

 夜中0時を超える少し前にセーラー服で帰ってきた桜田美雨はイライラした様子で階段を上がっていく。授業中に爪が横に割れてずっと気になり、何をしても楽しくなかったからだ。

「あーイラつく。髪の毛にひっかかるし、最悪。そうだ、気分晴らすために聡子のポエムを拡散してやろっと。アイツ、痩せてからちょっと調子乗り過ぎなんだよね」

 友人でもある聡子のブログを見て、美雨はぷーっと吹き出した。すると隣の部屋にいる弟の大地が壁をどんどんと叩いてきた。それに腹を立てた美雨は大地が部屋を出た際に侵入し、中を捜索してやった。するとがしゃんと湯呑のようなものを落としてしまい、割れてしまう。音に気づき戻ってきた大地の顔は顔面蒼白になっており、見たことのない顔をしていた。どうやらよほど大事なものだったらしい。

いくら弟が怒っても反省した態度を見せない美雨に、堪忍袋の緒が切れた弟は無言で去っていき、あれからお互い口も利かなくなって一週間が経っていた。

「何これ……欲しい物が手に入るノートォ? ダッサ」

 自室の机の上に見慣れないノートが置いてあり、中を開くと、そこに欲しい物を書けばある程度手に入ると書かれていた。
アホらしいと思いつつ、美雨は毎日プリンが食べたいと書いた。

 次の日、学校から帰ってくるとノートの上に美雨が好きなコンビニのプリンがちょこんと置かれてあった。その次の日も、そのまた次の日も。

(もしかして、大地なりに私のご機嫌取ろうとしてるの?)

 あれ以来、口もきかなければ目線すら合わせなくなった弟の顔を思い出す。それなら遠慮はいらないよね、と美雨は次々と中学生が叶えられそうな願いを一日一個書いていった。

 毎日机の上に生クリームの乗ったプリンとミックスジュースが置かれる日々が続いた。大地の態度は変わらないが、こうして毎日貢いでくれているのだから許してあげてもいいかも? と自分が大地の大切なものを壊しておいて、美雨はご満悦な日々を送っていた。

「あーデルくんのライブ行きたいなーでも今月はピンチだしぃ」

 好きなアイドルが自分の住む県でライブをすると知って、先月カラオケ代とメイク代にお金を使いすぎたことを後悔した。しかし、どうせお金があったとしてもアイドルのライブチケットに当選できる自信がなかった。

「……ノートに書いたら、チケット手に入るかな? なーんちゃって」

 あはは、と笑いながらも美雨はノートに「デルくんのライブチケットが2枚欲しい」と書いてみた。

「あはは、叶うわけないじゃん。さすがに中学生には無理っしょ」

叶うわけがない、そうわかっていても美雨はこころの何処かで期待していた。するとチケット発売日の次の日、机の上にチケットが二枚用意されていたのである。

「これ、まぢじゃん……!」

 その日から美雨は調子に乗って自身の欲望をノートにたくさん書くようになっていった。ライブに来ていく衣装、欲しいグッズ、食べたい高給なお菓子、毎日行列が絶えないケーキ屋さんのケーキなど。

 ライブ帰りに最近羽振りが良いねと友人の聡子に聞かれ、テンションが最高潮にあがっていた美雨はノートのことを聡子に話した。

「なにそれ、やば。怖いよ、やめときなよ。どんな見返りを求められるかわかんないよ」
「大丈夫だって!」

 どんなに聡子がやめたほうがいい、自分のためだよと言っても美雨は聞き入れなかった。それどころか、欲望は果てしなく続き、ノートに書くものは増えていく。すると、なぜそんなに最近羽振りがいいんだと周りに言われ、ノートのことを話すと皆口を揃えて「やめたほうがいい、自分のためだよ。今なら引き返せる」というのだった。

 調子にのった生活をして半年、家に帰るとプリンと限定販売の黒蜜タピオカコーヒー、そしてノートが開かれた状態で置かれていた。

「ちょっとぉ、誰か私の部屋に入ったぁ?」

 チッと舌打ちをしてからノートを見て、美雨は思わずひゅっと息を呑んだ。そこには「お前がほしい」と血文字で書きなぐられていた。

「あ、あわあああ」

 とうとう弟がブチキレたんだと思い、美雨は弟の部屋を強く叩いた。最初は無視されたが、何度もしつこく扉をたたき続けると非常に嫌そうな顔で扉を開いてくれた。

「あ、あんたどういうつもりよ!? これなに!?」
「は?」
「とぼけないでよ! このノート、あんたがやってるんでしょ?」
「なにこれ、知らないよ」
「か、書けばお願いを聞いてくれるノートよ! あんたじゃないの……?」
「あんたにモノを壊された被害者であるボクがなんでお願いを聞いてあげなきゃいけないんだよ」

 美雨が突き出したノートを見て大地は「バカじゃないの? 自業自得じゃん」と冷たく言い放った。そして小さな声で「とうとうソイツも堪忍袋の尾がキレたんだよ、ボクみたいにね」と言ったがパニックになっている美雨の耳には入らない。

「どうしよう、助けて!」
「そのノート、ボクがやってると思って無理難題書いてたんでしょ? それなのにボクに助けを求めるのって筋違いじゃない?」
「だ、だって、うぅぅ、うぅぅぅわぁぁぁん」

 耐えきれずとうとう美雨は大きな声をあげて泣き出してしまった。大地は心底軽蔑した目で美雨を見つめていたが、大きくため息を吐き、無言で美雨の部屋へと入っていった。

「え? 何?」
「もう二度とそのプリンとジュースを飲むなよ」

 大地はポケットからメモ帳を取り出し、「盗聴器がこの部屋にたくさん仕込まれてる」と書いて見せてきた。そしていつからそのノートを使っているんだと書かれたので、小さい声で半年と美雨は答えた。

【毎日貢物を持ってきてたんだ。半年もだろ? そりゃそろそろ要求されるよ】と書かれ泣きそうになる。
 確かに都合がよすぎる、でもそれでも見知らぬ誰かのものになんかなりたくないし、最悪殺されるかもしれない。

 ノートに何も書かなくなったのに、プリンとジュースだけは部屋のカギを変えても毎日届けられた。
警察には実際に何か起こらないと何もできないと突き放され、周りの人も弟以外自業自得だと助けてくれない。

「怖いね、俺が送り迎えしようか?」

 金づるのボンボンとバカにしていたイチローだけが心配そうに言ってくれた。心身ともに弱っていた美雨は誰のことも信じることができなくなっていて、イチローの提案も断った。

犯人の目的は?お前がほしいとは一体お前の何がほしいのか? 美雨の立ち位置? 純潔? 体の一部? 人生?

(わかんない、どうしたらいいの?)

 とうとう攫われかけたり、電車に突き飛ばされたりと実害が始まるがいつも弟が偶然助けに来る。もはや誰も信じられない。

 調子に乗ってすみませんでしたと毎日怯えて部屋に閉じこもる主人公。もう怖くて外に出られない。
 だが恐怖のあまり忘れていた、この部屋は犯人のとってもっとも行為が及びやすい場所であることを。

今日学校どうしたの? と弟含め何人かに聞かれて返信をしていると精神的に疲れ果て、眠ってしまう。
目が覚める、だが手足が動かない。猿轡を噛まされ、縛られていた。
「やっと起きた」
ベッドに座っているイチローを見て驚愕する。何故?という気持ちが強い。
「バカなお前なら、きっとこのノートを使うと思っていた、あぁ、お前がほしくてたまらない」
いつもと違う話し方、そして狂気に満ちた表情。語りだす犯人。
「さぁ、見返りを、お前の全てをもらおうか」
ボロボロになりつつも必死で逃げる。意識が切れる寸前、美雨が送ったラインを見た弟が警察と共に助けに来てくれたのが見えた。

目が覚めると、病院だった。警察と母がいた。
話をして、警察が帰り、母も電話してくるわと離れる。助かった、全て終わったのだとほっとする。
すると助けに来てくれた人が病室に入ってくる。ありがとうとお礼を言うと心配だったからとにこりと微笑む。

「だって、自分以外にお前を奪われたらいやだったから」

そう言ってぷすりと胸を刺す。美雨は驚いて何も言えない。

「ライブのチケットや期間限定の商品を一人で用意できると思っていたの?本当おめでたいね」
「あの子の計画に気づいて、私たちが利用したの。だから、あの子は私たちの存在を知らない。自分が全て一人でやり始めたと思っているわ」

意識が消える寸前、弟が出入口にいた。

「言ったろ? 俺に助けを求めるのは筋違いだって」

犯人は一人じゃない、全員だったのだ。半年間、夢を見られて本望だろう、そう言って犯人たちは部屋を出ていった。


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