〜絶対売らない100枚〜 No.6

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Stimmung / Karlheinz Stockhausen

カールハインツ・シュトックハウゼンと言えば、現代音楽における泣く子も黙る巨匠であるが、バッサリ切ってしまうと何がそこまで凄かったのか未だによく分からないままである。もちろん彼が残した作曲作品をひとつひとつ丁寧に聴いた訳でも無いし、ヘリコプター弦楽四重奏、初期の電子音楽、超絶技巧過ぎてマトモに弾けないピアノ曲などなどの、そういった大まかな印象でしか作風を知らない。まぁとにかくその生涯を徹頭徹尾、「実験」に捧げたような人なんだろうなとは思うし、だとすれば俗人の私がその世界を理解出来る訳があろうはずがないのは自明だ。そもそも現代音楽というものそれ自体訳の分からない悪ふざけのようなものと真摯な哲学じみたものをごちゃ混ぜにしたような世界である。作曲というプロフェッショナルな作業と、それとは全く別の直感的飛躍というべきか、容易には言語化できない、ともすればデタラメのようなもんをそこに無理やりくっつけるというその根性は嫌いではないし面白く感じる部分もあるが、冷めた見方をするとまさしくそこが現代音楽の一番ダメなところでもある。

とはいえ、結局のところ「現代音楽」などという言葉は「プログレ」みたいな、細かく見れば全然違うがそうするとまどろっこしいので便宜上まとめる為の用語にしか過ぎない。シュトックハウゼンはやはり総じてアヴァンギャルドな存在だが、一方でスティーブ・ライヒやアルヴォ・ペルト、ヴァレンティン・シルヴェストロフらの音楽は区分としては現代音楽になるが、音としては極めて真っ当であり、分かりやすく美しい。

私個人に関していえば、一時期はハードコア的な激しさが好きでヤニス・クセナキスにやたら入れ込んでいたり、フィリップ・グラスの諸作を一日中かけてたり、ケージのプリペアドピアノのためのソナタとインターリュードの演奏盤をあれこれ買ってみたりと、そんなことをしていた記憶は確かにある。今も昔もそうだが、一旦興味を持つとじっとしていられないのである。本流のクラシックはまぁ嫌いではないが、そこまで熱がこもらないのは、綺麗でご立派過ぎて、社交会的な居心地の悪さがあるからだと思う。個々の作曲家云々ということではなく、ラディカルな現代音楽家に総じて言える「面白ければなんでもあり」な感じは今も好きである、そしてそういう人達は言い方は悪いが到底誰も理解できないような自己満足な曲を書いたり、あまつさえそれをCDにしたりしているのだから、そんなどうしようもなさが好きだ。この人達、凄くダメな大人なんだろうな、と思い安心するのである。

話の導入が長くなってしまったが、今回取り上げる「シティムング」は私が唯一好きなシュトックハウゼンの作品である。冒頭述べた通りシュトックハウゼンの凄さはよく分からないが、これは、これだけは凄い。ジャンルとしては声楽、ということになるのだろうが、しかしそんなマトモな代物でもない。次々と繰り出される奇妙キテレツ複雑怪奇意味不明な言葉、歌、スキャット、奇声、笑い。ホーミーのようなマントラのような声明のような儀式のような怪奇のような、神聖な言葉遊びにも聴こえるし、もしくはそんなものすら値しない茶番のような何かなのか。とにかく如何とも形容し難いトランシーな男女混声合唱が70分近く続く作品となっている。

しかし、そんな内容でもそこはやはり演奏家達のプロの技と言うべきなのか、発声のひとつひとつやそのハーモニーの重なりが非常に音楽的でかつ音響的なのだ。その豊かな倍音がもたらす独特な音世界は奇妙な感動をもたらしてくれる。分かりやすい美しい旋律やメロディだけでない、ただ聴くことにより生まれる音そのものの愉悦。真摯に耳を傾ければ音の方から語りかけてくるというのは確かにそうなのだ。そういった意味でこの「シティムング」の持つ音楽的強度は凄まじい。

私は本作に関してHyperionから出された金色の面妖なデスマスクみたいなものがジャケットにあしらわれたSingcircleによる演奏盤と、SACDのharmonia mundiからのTheater of Voicesによる盤を2枚持っている。どちらもそれぞれの良さがあり甲乙つけ難い部分はあるが、後者は流石の音質の良さで、音圧こそ高くないものの非常にキメの細かい音作りで大きめの音で聴いても疲れないのでこちらの方をよく聴く。Hyperion盤の音は演奏も含めてどちらかというキメキメな感じでサイケデリックの色は強いが、なんとなく圧迫感があるなぁといった印象。いずれにせよ、足立智美ロイヤル合唱団、巻上公一のソロ、吉田達也のズビズバ。そういった人間の声による特殊な表現が心に引っかかってしょうがないという方は是非この「シティムング」の世界を体感してほしい。

そういえば、ツイッターで昔見たが、インタビューか何かの記事でシュトックハウゼンが「金になる音楽はやらない、なぜなら嫁が金持ちだから」とそんなことを言っていたらしい。「要はヒモやんけ」なんて私は思ったが、現代音楽家はそのぐらいの方がいい、誰かに食わせてもらいながら音楽を作っているてんでダメな奴らはそこら中にいるが、そういうちょっと外れた人間の作る音楽が実は面白い、普通の奴は基本的には普通の音楽しか作れない。それが悪いという訳ではないが、だからこそ音楽は面白く、そして難しい。






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