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ラブカは静かに弓を持つ 安壇美緒


未来屋書店は綺麗でおっきいイメージがある。
よく利用する店舗がそうなだけかもしれないけど。
あー、今日も一冊読み終わっちゃったなって思いながらふらっと寄ったら、入口のいちばん目立つところにたっくさん陳列してあった。「未来屋本屋大賞」って文字があちこちに踊ってて、「第1位」って太い帯に大きなポイントサイズで書かれていた。

ぺらっと冒頭2ページくらいを捲ってチラ見して、見えたワードからすぐに連想したのが現実世界でも話題になっていた上記の裁判。表紙にも帯にもあらすじが無かったから、ちらっと見た感じの勘で買うかどうか決めるしか無かった。個人的に、本を買うときの動機で多いのは好きな作家さんの作品であることがひとつ、あらすじや印章で「好みだ!」と確信したときがひとつ、そしてもうひとつ多いのが何かの答えを探しているとき。この本を読めば私の中でなにかが分かりそうな気がすると思うとき。

音楽教室の著作権の問題はニュースで見たときからずっともやもやしていた、先生のお手本演奏からは取る、生徒の聞くに絶えない練習のものからは取らないなんてそんなことって思ったし、もっと前から著作権というもの自体への世の中的なイメージとのすれ違いがずっとストレスだった。技術や文化に対して対価を支払うことを渋る国民性が滲み出た、著作権侵害に対する華麗な二転三転手のひら返しを他人事のように眺めているといつも胸が悪くなった。何が正しいと自分が信じたいのかよく分からなくなった。だから、興味がそそられた。ひとつの結末というケースを たとえ創作とはいえ 目にしてみたくなった。

きっかけはそこ。
著作権というのはあくまで 橘とミカサの人達を分かつ要素として登場しているのに過ぎなくて(そうは言ってもとても説得力のある書かれ方…なんていうの、ちゃんと専門的というか。ただ出てきただけ、というレベルではなくちゃんと書かれている)そこがこの本のメインではなくて、
ただ「つくった人」と「つかう人」の明確で交わらないエリア分けを行うのに大変わかりやすい役割を著作権という問題は果たしていた、のかな。たぶん。
そのお話しのメインは、そうして分かたれたそれぞれの領域に住んでいるはずの人々を繋げるものはやっぱり音楽なんだ、ということなんだと思う。音楽は深いところで人を救うって私も昔に別の本から教わった。著作権云々スパイ云々に限らず昔の傷のせいで透明な壁のなかに引き篭っている橘さんのその手を引いたのはチェロだった。浅葉先生のチェロを聴き、弾いて、いちど水面まで浮上する。そして最後も、ぐしゃぐしゃになって落ちたあとでもやっぱりチェロを弾きたいと思えたら、また戻ってこれる。それにチェロは人と人の間にも立つ。言葉とか、文字とか、煩わしいものは一旦取り払って、チェロを聴いて自分も弾けば虚栄とか不安とか色んなものも剥がれ落ちて、またリセットする。リセットしたら余裕が出来て、許せるようになったり、また進めるようになったり。この話は、たぶん、そんな感じの話だった。


春がきて夏がくる、夏がきたら秋がくる、
季節が移ろい行くこと、未来が待っていることを当たり前に話題にできる人を前にしたときの鉛を飲んだような気持ちが、私にも分かったから辛かった。
先が定まらない不安さ(私の場合は自分で選んだことだから幾分かマシだが)が溝になって、当たり前に地続きの未来を語れる人が眩しくて近寄りがたくなってしまうの。するりと共感できてしまうことには漠然と不安になった。未来が見えない境遇が重なって見えるだけ、私には透明な壁はない、深海になんて行かない、だって眠れるし…でも、知らないところで私もなにかにずっと脅えているのかとちらと思ってしまったら、過去のトラウマが固く閉めた蓋を叩き割って溢れ出てきそうで怖かった。ラブカは孤独な深海魚で、三年半も妊娠期間を持つ慎重な魚らしい。塩坪は橘のせいでこれからもずっとラブカのまま、橘は深海から浅瀬まで泳いできた。人間誰しも最期は一人だ、人間は生まれながらにして孤独だ、そう思ってる。ラブカでいることが悪いことな訳じゃない、けど、真っ暗で冷たい深海に一人でずっといるのは、寂しいよ。帰り道、読み終わって内容を反芻しながら反射的に最愛の彼女のことを考えた。奇しくもちょうどその場所が彼女と一緒によく利用した乗り換え駅で、色んな感情がないまぜになって結局一人で泣いた。


なんとなく、実写映画化しそうな雰囲気があるなぁって読みながら途中で思った。橘が色男設定だからかもしれない。でももし三次元の作品になったら三船さんやかすみの立ち位置は「そういう風」に寄せられるんだろうなぁと思ったら嫌んなるが、もし映像になったら…絶対、観たいなと我ながら珍しくも考えています。


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