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「漫画家」として、どう生きるか

こんにちは。おかゆです。
先に申し上げた通り、商業漫画(作画)の契約が無事に締結されました。
9月より、年内~来年の春くらいまではネームや作画期間に入ります。

今日は、幼少期にあきらめたはずの自分の夢だった「漫画家」について、これから自分はどのようにこのお仕事をしていくか、戒めのつもりで記していきたいと思います。長いから覚悟してね。(笑)


「漫画家」になることを諦めた幼少期

高校時代、あの時は漠然と絵をかく仕事につきたいな。と思い、そのくせ絵を描く以外の活動を何一つしていませんでした。
好きなことはとことんやらせてもらえるタイプの親だったので挿絵ライターの資格を取得するため、通信講座を勧められたが、全くしなかった。
(お父さんゴメンナサイ・・・絶対あれ多額つぎ込んだよね?)
絵というか漫画は、小学生からずっと変わらず、ルーズリーフとシャーペンで描いていた。
つけペンや丸ペンなど、きちんと持てないし、トーンに至っては不器用すぎて原稿まで真っ二つ。
漫画って面倒なんだな。自分はプロの漫画家にはなれないな、そう思っていた。
おまけに、勉強の成績は国語と音楽と英語以外あひるの行進・・・(あづさ(※自創作のキャラクター)かな?)
その体たらくなのにきっと美術系の大学には通わせてもらえる、と信じて疑っていなかった。おかしいだろ。
だけど父親から金もない学もない、何もない現実を突きつけられ、やけくそになって地元のホテル業にクラスで1番に就職を決めるも、なんと試用期間で怪我、遅刻、号泣などの騒ぎを起こしてフェードアウト。
当時18歳でもなかなかきつい地雷案件。職場の環境も酷かったけど。

私は、多分今で言う凸凹の子だったのでしょう。
好きなことにはとことん発揮するけど、苦手なものはとことんやらない。というかわからない。算数は分数で諦めました。半面、音楽の授業は絵を描いてばかりいたのですがオール5しかとったことなかったです。
未だに小学校高学年くらいからやる分数ができません。その時は理解するんだけど、数日たつと忘れます。一生懸命説明してもらうから理解するふりをするけどホントはできてないんだと思う。
だから、結婚後も就職活動で一般常識の問題では何回も落とされました。
そもそもバイト先の地図がわからなくて、何回も電話した結果向こうにもういいです・・・と呆れられたことも・・・。
職場で指示されている意味が解らずフリーズ状態になったあと、村八分になったりとかね。後輩にすら笑われてた。

そのうちに道化を演じ、愛嬌を大事にするようになると許されることも増えた。
でも内心は悔しかった。なんで普通にできることが、私にはできないんだろうって。
そして、皆も誰かしら同じところあるよ~といわれるのが何よりきつかった。
私は普通。でも、ムラがあって、できないことが多い。
人より3倍は努力しなきゃダメだって、初めて働いた試用期間でバックレたホテルでの上司に言われた言葉がずっと突き刺さっていた感じがしました。


はじまりがそんな感じで、以降結婚するまでの7年間くらいは事務職を渡り歩いて(正社員経験はない)、気が付けば全く絵に触れることなく生きていました。その間音楽楽しくてバンド活動とかやってたね
宙に浮いた感じはあったけどそれもそれで楽しかったし、今となってはいい人生経験になりました。社会人経験は大事だよね。だいぶ矯正されたもん。
そんな私がなぜまた漫画を描くようになったのか、というと単純に結婚して専業主婦になり心の余裕ができたから。
当時大好きなゲームの二次創作で漫画という世界の楽しさを再確認しました。
そして、デジタルの普及。
これによってどんなに不器用な私でも、トーンを簡単に貼れるというか塗れるようになった。マジで嬉しかったな。
そして自分はやっぱり漫画を描くのが大好きだと再認識した。

だけど、大好きだからこそ。この部分は聖域なんだって思った。
私は、長く漫画を描きたい。漫画は、工程がある程度休み休みすることが可能なイラストレーターと違って(主観です)、自分の世界に入り込まないとできない。
そして自分の自由な発想が世界観が、編集さんにダメだしされることだって多い。
全没とか当たり前。メンタル的に、それが耐えられるのか?っていう怖さもありました。
子どもが生まれて、家族優先の生活になったとき、私はイラストレーターで自分の欲しいものを買えるくらいにまで稼ぎたい!
そう思い、仲介サイトのココナラに登録をしました。

イラストレーターのお仕事が軌道に乗るまで

登録して半年くらいは数か月に一度くらい依頼が来てたんですが、ある日突然、わぁっとご依頼のお見積もりが来る日々が始まりました。
それは、2つの事案が運よく重なったからだと思っています。
1つは、「企業とお仕事ができたこと」。
そしてもう一つは「コロナ禍によるVtuberの普及の加速」。
これらがうまく重なったので、今の自分はあると思っています。

企業とのお仕事については、別記事で語っておりますが、自創作漫画をマンガラボ!(白泉社様)に登録したことで担当編集さんが付き、お仕事を斡旋してくださったからですね。
今は向こう側の事情により、担当さんとのマッチングは解消しております。
本来漫画家を目指すためのマッチングなのに、担当になってくださり本当にありがたかったです。

コロナ禍になってからは、本当にお仕事がひっきりなしでした。
イラストレーターと胸を張って名乗れなくとも、嘘も方便だと思って名乗り続けました。結果、それは良かったと思っています。

そして漫画は、自分のペースでのんびりと更新し続けました。
やっと、自分のやりたいことをやれている。
普通の見た目だけど、色々できないことが多い自分。大体がっかりさせるか呆れさせるかの2択だった自分。
そんな自分が、イラストを描くことで人や社会の役に立てる。
初めて社会での居場所を貰えた気がしました。
わ~~~~い人生楽しいな~~~~!幸せと思った矢先でしたね。
母親の末期がんが発覚しまして、うわぁぁぁあぁあ~っとなりました。
さらに、義母も大病してあぁっぁああああぁぁ~~~となりました。

とはいえ、私は漫画やアニメへの共感性は高いけれど自分や他人の感情に非常に疎い人間です。要は冷たいんですねきっと。
だけどこういう家族の病気が、自分にとって人生を見直す出来事だったことは、間違いはないと思っています。

家族の死から学んだ言語化できない沢山のこと

親の卵巣がんの発覚から、私は今まで以上に健康に気を遣うようになりました。
ストレッチや婦人科検診、夜も夜更かしをしないようにして、胃が弱いので食べ物もバランスよくを心掛けています。
その結果、今かなり健康体です。やった~!
子どもを産む前はあんなに貧弱だったのに・・・
今更年期障害もあるはずなのに、20代の時よりハッピーなんですよね。
勿論、昨年親を亡くしたことによるストレスはフルなので、あちこち痛みは出てますが、それは仕方ない。
身内・・・ひいては自分の親を亡くすことで、頭でしか理解できていなかった事実、「人の致死率は100%」ということを肌で理解した気がしました。
私は死ぬまで、どんな人生を送りたいんだろうなぁ、と結構真面目に考えました。

有名なイラストレーターとして生きたい?
やっぱり、漫画家もあきらめきれない?
いやいや、何物にもなれない自分は、やっぱりそれなりに過ごしていきたい???

うーん。
私は、人に感謝されたり役に立って、価値観を確認するのが好きだ。
こんなこと、漫画家志望の方が見たら憤怒するかもしれないが、読み切り投稿や受賞経験もないはずなのに、なぜ企業からメールが来るの?どこからみつけてこられるの?と割と本気で思っていた(結構支部の二次漫画が有名?みたいでそれでメールを送ってこられた企業様もいらっしゃいました)

漫画家として活躍を・・・とお話が来るたびに、漫画家志望ではなく、イラストレーターです。と発言する自分に納得はしていても、どこかで「本当に?」と思う自分もいました。
イラストの方が、自分にはテンポやスケジュール管理的に合っているなというのが頭ではわかっていたんですけどね。

でも、親が亡くなった今、いつ自分も病気になり自由が利かなくなるかわからない。
自分が死ぬときに、やっぱりこうしたかったなぁ・・・っていう未練を
少なく生きたいな、とこの時から思い始めました。
健康体でいるのは素晴らしいこと。でも、私は今37歳。
親が亡くなった年齢は65歳です。若いね。
そう思った時、四の五の言わずに好きなことやってみるか~!となりました。
元々考えるのは苦手なタイプ。やってから考える猪突猛進型です。
そして子供が小学校にあがり、時間が増えたときに、今の企業様からTL漫画のお誘いを頂いたのでした。

TL漫画をやろうと思ったきっかけ

これは担当編集さんにもはっきり言ってますが簡単に言えば、イラストレーターとしての実績が欲しかったからです。あと報酬
エロの部分を自分はずっと避けていたので、これを機会に少女漫画と評される自分の殻を破りたい!とも思いました。
エロはね・・・凄いです。
普通の漫画と変わらない部分もあるんですが、身体のラインに非常に気を使います。
男の子そっちの手で多分そこ触れないよ骨折るよみたいな事案が何回も起きてしまう。人体描けなくてツライ
だから、画力の向上を望めそうだなとも思っています。登場人物が腕三本生えてたり複雑骨折していたら笑って許してね!(ダメだろ)

まとめ:「漫画家」としてどう生きるか

私は、イラストレーターとしてのお仕事を盤石にするため、漫画家としての道も歩み始めました。
新しい高級な椅子も買おうと思っています。
そして、生活は極力リズムを変えない。・・・って言うのは無理かもしれないけど、深夜にお仕事はしないと決めています。
夫も娘にもどうしても負担を強いることになるし、極力自分が健康でいたいので。私は根っからの朝型人間です。
これは目標なんですが漫画家としてある程度まとまった報酬を頂けたら、家族を故郷である東北に連れていきたいな~と漠然と思っています。
いつも金銭面は旦那に頼りっぱなしだから、自分のお金だけで旅行、してみたかったんだよね。
あと、家族にもいい思い出作りたいし。

ここに書いてあることがかなうかどうかは、これからの自分の努力次第なんですが、肩ひじはらず、楽しく!リテイクもらって作品の精度を上げながら!やれたらいいかなって思ってます。

今は電子書籍が普及したことで、紙でのコミックス化は2巻以降だいぶシビアになっている反面、締め切りには余裕もあり、主婦の方とか働いてる方でも踏み入れやすい世界になったな、と思います。漫画業界。
SNSからというケースもありますしね。私もそうです。
そのSNSの使い方も風向きが変わりそうだし、タイミング的にも自分はベストだったんじゃないかなーと思ってます。

こうやって、文章に書き出してみると、なんてことない。
要は「好きなところへ行き、好きに生きな・・・」っていうもののけ姫のサンがヤックルに放つセリフと一緒ってだけです。
結局はそこに帰結するんですよ。好きなことやったら人生楽しくなる。
私は絵が自分の表現方法だったから、凹凸で生活レベルがのだめでも自己肯定感を下げることがなく保てている。それだけですね。
勿論実生活では鍵を出すのに毎回20秒以上かかったり、持ち物を必ず何か一つは忘れたり(この前は携帯を忘れた)子どもの習い事を忘れて遊びの予定入れちゃったり定期的にやらかしております。
集団生活になるとそれが目立つので・・・人間関係でへこむこともありますが、何とか私は元気です。

この長い長い記事を読んでくださった方が、好きなことを好きにできる環境であるよう、影ながら応援しております。共に生きよう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。漫画頑張ります!

画像提供(フリー素材):studioジブリ様
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