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古酒(こしゅ)オールドボトルという価値

「Everything changes. There is nothing that doesn't change.」
(全てのものは変化する。変わらないものは何ひとつない。)
従前から飲んでいたお酒が「前と味が違う!」と嘆く方は多いです。

それはお酒、私の愛飲しているウイスキーに限らず、全ての存在は「常に変化し続けるもの」であり、改良も改悪も無く平板であればある程、つまらないものはありません。
(勿論、変わらないことの大切さも理解した上での話ではありますが。)
これから先『変化を愉しむ』のが、令和時代のテーマのように思います。

「このウイスキー、昔の方が旨かったな」
ウイスキーには良くも悪くも「時間」という概念が付きまといます。
蒸溜後に10年間樽熟成したウイスキーと20年間樽熟成したウイスキーでは香りや味わいも全く違います。
さらには同一環境であったとしても、蒸溜した年代によっても香りや味わいは異なります。
1980年に蒸溜され10年後の1990年に瓶詰めされたボトルと、2010年に蒸溜され10年後の2020年に瓶詰めされたボトルとでは、設計思想自体は同じ単一原酒でも10年間の熟成で全く風味は変容します。
単一原酒よりも更に中身が変容するのは複数の原酒をブレンドして瓶詰めされたウイスキーです。時間の概念だけでなく原酒を調合するブレンダーの世代の違いに加え、思想の変遷でブレンドにおける定義や設計も大きく変わり続けるからです。
それらを踏まえた上で、今回はオールドウイスキー「オールドボトル」(古酒)について述べたいと思います。

「オールドボトル」(古酒)と称されるカテゴリ・ジャンルが、ウイスキーにはあります。
「現行販売品」のボトルと区別して、リニューアル前の品だったり、既に販売が終了している品(限定・絶版・廃版品)だったり、短期・長期的な観点から見ても「オールドボトル」(古酒)というジャンルにカテゴライズされるボトルは数多くあります。

国産ウイスキーにおけるオールドウイスキーの定義に関して言えば、一般的には1989年(平成元年)の酒税法改訂で級別区分が廃止される前の「特級・1級・2級」表記がラベルに印字されているボトルを指します。
(※注:1943年(昭和18年)から1953年(昭和28年)までウイスキーは「雑酒」に分類されており「1級・2級・3級」表記でしたが、1953年(昭和28年)に変更・廃止されています。)

概ね1953年(昭和28年)から1989年(平成元年)以前にリリースされた「特級・1級・2級」表示のある昭和時代のボトルのことを「オールドボトル」と呼んでいます。
級別区分が表記されているということは1989年(平成元年)以前に出た酒、つまり30年以上前のオールドボトルだと証明する手形にもなります。
そうなると必然的に級別区分が廃止され、級別表記の消えた1990年(平成2年)以降のボトルは90年代以降に製造されたボトルということになります。
日本の場合は級別区分が廃止された平成以降のそこまで古くないボトルはオールドボトルに準ずるという意味で「セミオールド(プチオールド)」などと呼んだりしますが、いずれにせよボトルの希少性から現行の2〜3倍、時には10〜20倍の値段がついていることも珍しくありません。

現在「特級」と表記されたウイスキーは当然作られていませんが、蒸溜酒であるウイスキーはアルコール度数が高いため、防腐効果が高いことで法律上においても製造日や賞味期限の表示義務がなく、未開栓で保存状態さえ良好であれば比較的長期保存が可能なお酒です。
その結果、店舗や自宅において賞味期限切れや極端な腐敗や劣化を心配することがなくなり、廃棄されることを免れた古いウイスキーがひっそりと長く保管されていることがあります。

一般的にウイスキーは樽から出されて瓶詰めされると熟成が止まる(変化がなくなる)と言われています。
ただ、実際は瓶に詰められた時、ボトルに少しだけ空気が入ります。
およそ数センチ程度ですが「キャップとウイスキーの液面に空気と触れ合う部分」ができます。
この「キャップとウイスキーの液面に空気と触れ合う部分」が微量の空気を内包した状態で長期間密閉されているので、未開栓の状態であっても本当にじんわりとゆっくりと少しずつ変化が起きていると考えられます。
そして、それこそが「オールドボトル」の面白さだと私は感じています。

最後に少し長くなりますが「オールドボトル」最大の注意点を書き記して締めたいと思います。
それは長期保存されていたオールドボトルの「ボトルキャップ」についてです。
オールドボトルの場合、保管状態とボトルキャップの材質によって酒質に大きな影響を与える場合が多いです。
ボトルキャップの材質は大きく分けて3種類。
「コルク栓・樹脂(プラ)製のスクリューキャップ・金属製のスクリューキャップ」
それぞれに特徴があり、メリット・デメリットが存在します。

先ず「コルク栓」は多くの場合「特級」ウイスキーに採用されていることが多く、高級感を訴求することに向いているため、数多く採用されています。
コルクという素材は柔軟性や弾力性に優れていて密封性にも優れています。その反面、天然素材のため長期保存すると状態が千変万化するボトルキャップでもあります。
ボトルを寝かせて液面をコルクに接する様に保管するとコルクの乾燥と収縮は防げますが、逆にコルクが持つ天然素材由来の風味がウイスキーに溶け出して移ったりするので、元来のウイスキーの味わいから遠のいてしまう場合もあるので長期的な保存という観点では問題も多いです。
逆に立ててボトルを保管していた場合、コルクの乾燥や収縮によって瓶とコルクの間に隙間ができてしまい、そこから中身が漏れ出たりアルコールが蒸発して風味の抜けた酒になることもあります。
他にも乾燥によってコルクがもろくなり抜栓が難しくなる場合もあり、長期保存と抜栓には一定の管理知識を必要とします。

次に「樹脂製のスクリューキャップ」ですが、長期保存の観点からすれば最も優れているボトルキャップの材質になります。
樹脂製のスクリューキャップはコルク栓と違い、わざわざ横にする必要がなく、保管状態に自由度と幅ができますし、抜栓も手で回して簡単に開けることができます。
そして多くの場合はスクリューキャップに加え、シュリンクというビニール製の封印が追加され、強度と耐久性に優れ、中身を保護する能力も高いので長期的な保管において知識もそれほど必要無く、管理も容易です。
ワインでの実験データになりますが、全く同じワインを「コルク栓で詰めたボトル」と「スクリューキャップで詰めたボトル」の経年変化を比べ試飲をしたところ、スクリューキャップのワインの方が長期的保存において品質は保たれていると発表されている例もあります。
近年、大手でも「樹脂製のスクリューキャップ」が主流になりつつあるのも納得の話です。
唯一のデメリットとしては高温多湿で日の当たる場所など保存環境が悪い場合、ボトルキャップの材質由来の樹脂臭さがウイスキーに移ってしまうこともあるようですが、ごく一般的な冷暗所にて保管しておけば問題ありません。

そして「金属製のスクリューキャップ」ですが、コストパフォーマンスに優れているため、多くの場合「1級・2級」といった大衆向けウイスキーに数多く採用されています。
樹脂製のスクリューキャップと同様に、保管が容易で抜栓も手で回して簡単に開けることができます。
最近のものは密封性も向上していますが、かつてはコルクよりも質の劣る簡易的な密栓方式とされ、多少劣化しても大して問題にならない低価格・低品質なウイスキーに限って導入されるケースがほとんどでした。
そのため、現在でも安っぽいイメージが払拭しきれず、ウイスキーの栓としてはいまだに大量消費される安価なウイスキーに数多く採用されています。
コストカットの観点から金属製のスクリューキャップを採用している大衆向けウイスキーの多くはシュリンク包装で保護されることなく、金属栓がむきだし状態のため、元々長期的な保存を目的としていないので保存にはあまり向いていません。
そのため湿度が高く湿気が多い保管場所では金属栓そのものが腐食してしまい、そこから錆臭さが酒に溶け出して風味を損なうことがあります。
低コストではありますが金属という素材ゆえに腐食というリスクが伴い、長期保存向きではありませんし、それこそが金属製のスクリューキャップにおける最大のデメリットと言えるでしょう。

このように保管されていた状態や環境の差異によって「 オールドボトル 」には、ある程度のリスクも伴います。
ただ、バーなどの店頭でメニューにある場合には、店舗側で試飲もされているでしょうし、バーテンダーが勧めてくれるオールドボトルであるなら、一度は飲んで欲しいと思います。
現行品との比較などしてみると、よりウイスキーに対する造詣が深まると思います。