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原さんは呼び鈴を鳴らさない

承前 https://note.com/purefighter00/n/nf734aa41cbbd 

呼び鈴が鳴らないから、警察だなと分かる。
「すいません、警察です」
「ご苦労様です、間に合ってます」
 若い声だ。という事はバディは原さんか。
「お話を伺いたいのですが」
「ありがとうございます。間に合ってます」
「開けりゃ良いんだ、開ければ! 真郎! 生きてるか!」
「お巡りさん、住居不法侵入です! 早く早く!」
 巡査部長の原と平 真郎《まろう》のつまらぬ掛け合いにおろおろする新人警官。卒配の季節か。大方顔馴染みにしておこうという原の姦計だ。
「人見さん殺害事件は知ってるよな」
「守秘義務があるんだよ原さん」
「オーナーの爺さんには無いみたいでな。ニュースで見た女がウチのビルに来たとタレコミがあった」
「ボケたんじゃないか、爺さん」
「監視カメラ画像も見せてくれたぞ」
「警察紹介しただけですよ。探し物らしくてね。実は名前も聞いちゃいない。仕事も受けてない」
「受けてある程度調べといて貰えると警察としては助かるんだがね。何を探してた?」
「言える訳無いでしょう。大体想像付いてる癖に」
「失踪した弟か?」
「財布かもしれませんよ?」
「財布探しを依頼しに5階まで上がって来る奴なんているか。それなりの理由がない奴はお前のところに来ない--いいか覚えとけ佐藤、こいつは割とカンが鋭い」
「推理と言っちゃくれませんかね、巡査部長。おだてても何も出ませんよ」
「では任意同行ですか?」
「悪くないな。かつ屋のカツ丼でいいか?」
「せめて秋明庵にしてください。上り下りでカロリー使うんですから」
「上にしてやる、奢りだ。その分善良な市民になってくれ」
「何も変わらないですよ。善良な一市民ですから」
 秋明庵の千円分ぐらいなら、口を滑らせようかと心が揺れる。いやダメだぞ、マーロウに叱られる。
「PC(パトカー)だと思ったのに……」
「自転車ぐらい買っとけや」
 てくてくと歩いてかつての職場へ。予算の関係で相変わらず古い。新設されたのはタバ…タバコエリアがない!
「今は署内全面禁煙だ」
「平さん、OBだったんですか」
「二つ間違いだ、佐藤。まずこいつを名字で呼ぶな、拗ねる。次に警察時代の話するな。口が重くなる」
「そうなると、どうなるんです?」
「カツ丼ではなくラーメン大盛り半炒飯餃子付きになる。下手すると更にレバニラが追加だ」
「そんなには食わない……バーで一杯って事になるだけだ。あと原さん、そういうレクチャーは本人の前でしないでくれ」
 取調室はいつも通り。ここに通される奴はこの世で一番警察が嫌いな奴ばかり。
「で、どこまで教えてくれるんだ?」
「推理の仕方までですよ。依頼をしてくれるなら報告書《レポート》作成までします」
「お上は金がなくてな」
「では。仮に誰かが物探しを探偵に頼むとします。何故ですか?」
「佐藤、なんでだ?」
「探偵って探すのが仕事だからじゃないんですか?」
「お巡りさんもそれが仕事だろう? 国営で平均的には勤勉で、しかも無料だ。何故有料の探偵に頼む?」
「警察に行けない事情がある?」
「普通はそうだろう。例えば浮気調査は警察ではやらない--民事だからね。お陰でウチは食って行ける。他にも昔の恩人や友人探しなんかもそうだ。大体料金表を見ると顔色を変えるが……」
「じゃあ弟さんの失踪には事件性あり、か」
「決めつけちゃダメだよ原さん。ただ、普通に不仲程度なら親父が危篤なのに放っては置かないだろう? あとこうも考えられる。死んだ後に弟さんの必要性が発覚した」
「整理してくれ」
「本来弟は不要だったが、父死亡後に弟の必然性が発生した。おそらくは相続絡み。家族構成と資産状況、特に借金とか調べるべきでしょうな。あるんでしょ、データ」
「僕らにも守秘義務があります」
「大変素晴らしい。原さん、これですよ。今日の捜査関係者はこうでなくっちゃ」
「しかしそれで人が死ぬかな……」
「死んでますからね、必要な理由があるんでしょう。カツ丼代としてはこんなところですか」
「もうちょっと善良にはなれないか、市民?」
「容疑者でもない市民がカツ丼でここまで喋るんです。そろそろ天使の羽が生えて空飛びそうなぐらい善良ですよ」
 暖かいカツ丼は美味かった。原と佐藤は難しい顔をしていたが、「暖かいカツ丼を味わえる幸せ」を噛み締めて咀嚼するべきだ。
 警察の仕事はカツ丼を味わっている最中にも飛び込んでくる。事件は昼休みの終わりまで待合室の椅子で待ってちゃくれない。

続く

方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!