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創作メモ 瑠璃祭

 この村では5月の終わりに瑠璃祭がある。前夜祭では神輿にその年の瑠璃姫役を乗せて静かに町を回り、神社に送る。本祭当日は神楽で白鬼ヒラメイが瑠璃役を拐う。ここから神輿は白鬼を乗せて港に向かい、ここで八人の若衆がイダテイイダテイと声を上げながら鬼を神輿から引き摺り落とし、八人がかりで港の海面に投げ込むのだ。この時の掛け声が「ヒラメイ様のお帰りじゃー!」である。

 社伝には「瑠璃姫が鬼に攫われて船に入れられたが、その時旅の僧がマントラを唱えると船が大きく揺れて鬼が振り落とされた」と言う話が残っている。今は人口減少の為かなり簡略化されているが、昔はかなり大ぶりの神輿にヒラメイ様を乗せ、港に向かうときにイダテイイダテイと真言を唱え、アビラウンケン!で豪快に神輿を揺すり、神輿の上のヒラメイ様を海に放り投げたのだと言う。

 これまで、何度か民俗学者が解釈をしようと試みたが、鬼が豊穣神的な側面を持つとか、海の豊穣を願う漁師からの海神に対する人身御供ではないかなどの様々に解釈されて定説はない。実は真実この通りに事件があり、それが瑠璃姫伝説とくっついていた為に保存されたという……そんなオチである。

 江戸の終わり頃までは、神仏混淆による神格としてイダテイが祀られていた。恐らくは韋駄天を基に形作られた神格で、中国風の革鎧姿ではなく、作務衣の様な質素な服を身に纏い悪鬼を踏みつける像様である。残念ながら明治政府の廃仏毀釈令により現存する石像はないが、近年旧江戸川邸の遺跡調査の際に庭からイダテイらしき石像彫刻が見つかった。何故かこの石像では悪鬼の上でイダテイが足を振り上げ転んでいる様な格好をしている。

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全く関係ないのだが、伊達政宗関係の本か何かで幼き頃の政宗(梵天丸)をイダテイダテと呪詛しただの何だのの話を見た事があるのだが、それは呪詛ではなく韋駄天の「小児の病魔を除く」側面から……梵天丸の病魔や疾患退散の為に韋駄天の真言であるオンイダテイタモコテイタソワカを唱えたってのが誤って伝わったのではないか。

また、政宗は自ら料理を馳走するのが好きだったと言う事だが、韋駄天は釈尊のためにあちこち走り回って食材を集めたと言う俗信があり、これが「ご馳走」の語源である。

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