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物言わぬ旧友と雄弁なウィスキー

承前 https://note.com/purefighter00/n/neb9b4925bd6a

 食後のタバコという理由で脱出しようとすると、金魚の糞のように佐藤がついて来た。
「何かヒントはありませんか?」
「俺が殺した訳じゃないんだ。ヒントもヘチマもあるもんか」
「質問を変えます、どうやって推理しますか?」
「マッサージチェアでウィスキーを舐めながらとでも言えば満足かい? 先ずは情報を再確認、足りなければ再捜査。テレビドラマの刑事だってそうするし、俺だってそうする」
「署内でウィスキーは不味いです」
「当たり前だ。しかし当たり前が大切なんだ。下手に推理で何でもかんでもやると飛ばされるぞ。
 警察は地道に脚で探すのが大好きだ。やり方には慣れた方がいい。鑑識の島原まだいるかい?」
「あの変人の?」
「その変人だ。マーロウに言われたと聞けば変人っぷりが上がるぞ」
「変になるとどうなります?」
「主に口が軽くなる」
 佐藤は玄関で茫然と立ち尽くしている。あの変人が饒舌に喋る姿がそんなに驚きを与えるのか、それとも島原の寡黙さが更に磨きを増しているのかは知らない。ただ、仲間内から話を聞き出せない様な警察が市民から話を聞き出せる訳もなく。奴は不確かなことを口に出したく無いだけなんだ。誤解のない様に島原は話す。
 そしてその断片をつなぎ合わせて絵を描くのが刑事の仕事だった。踏みしめるとさくさくとすぐ喋る枯れ葉ほど島原が饒舌だったなら……

 夕方、オフィスを施錠して新宿のバーに向かう。警察関係者は不祥事や厄介事を嫌い、地元や所轄では酒を飲まない。定時上がりで移動に30分。変人は定時上がりで睨まれる事を恐れない。
「ギムレットを」
「私はソルティードッグで」
「久しぶりですね、お二人で飲まれるなんて」
「度々飲むようだと不味いんだがね」
「つまみは……チーズで」
 二人の符丁。ガイシャに争った形跡は無し。
「今日はどうする?」
「ウィスキーストレートをロックで」
 血中に高濃度アルコール。
「おいおい、クスリ飲むんじゃ無いのか?」
「今回クスリは切れてる。健康そのものさ」
 薬物反応や心身の異常無し。
「知り合いかねぇ」
「だろうな。泥酔してからやったんだろう」
「何処を?」
「首」
「胃は?」
「酒だけ」
 顔見知りの犯行。酔い潰れる事ができる程度の関係性。彼女を殺して利のある立場。そしてそれら全てが欺瞞の可能性。

 待て。何かを見落としている気がする。

 警察に行けない理由はあった。《《私立探偵に依頼する理由》》はあった。そして恐らく私立探偵に依頼出来ていると《《都合が良かった》》。
「なるほどな」
「何がだ?」
「人見さんが死なない場合、誰が死んだか、さ」
「誰だよ?」
「何処かの探偵さ。便利屋かもしらん」
「なんで殺されるんだ。人間なんてのはほっときゃ100年もせずに死んじまうのに」
「短気な奴が多いんだろうな」
 島原のグラスの中で、氷がかたりと身を捩った。グラスの中の氷の方が島原より愛想がいい。酒浸りでなければ友達になりたいぐらいだ。

 こう仮定しよう。人見さんの弟はなんらかの理由で殺された。しかし殺された事がバレると困る奴がいる。だから失踪した事にして隠された。しかし今、遺産相続で弟の所在を明らかにしなければならなくなった。しかし人見さんも本気で見つける気は無く、私立探偵辺りで相応の金を支払い「探した」事にしたかった--
「いくらでもいい様はある様な気もするが……」
 まだ何かが足らない。例えば人見さんが近親相姦を迫られたなど弟を積極的に探さない理由があればいい。そうすれば連絡も無いし探していない理由にはなる。家庭裁判所はどこまで調べるだろう? 人が死ぬと騒ぎになるが、姿を消しても当事者以外は騒ぐまい。連絡を取らない家族がこの日本にどれだけいるか……死んだと言わずに年金受け取り続けるという詐欺師もいる。
 待てよ、失踪したからと言ってあの年金機構が諦めるだろうか? きっと借金取りの様に、税務署の様に追い詰めるのではあるまいか。

 現代の人頭税から逃れる術は、まだ見つかっていない。


続く

方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!