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ヒーマンのおもひで
一応1983年段階の日本展開は記憶している。
ヒーマンの基礎的な部分は木賃氏の記事に詳しいが
私が見るにヒーマンがイマイチ受けなかったのはタカラの戦略が悪かった。ヒーマン自体はかなり良質なコンテンツだと思うのだが、展開始めた頃に似た強大なコンテンツがアニメ化始めてましてね……
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ハッスルマッチョの踊る上腕二頭筋や弾けそうな大胸筋というモチーフに着目したのは良かった。良かったが……同時期にキン肉マンってのは余りに分が悪い。ジャンプが生み出した「約束された勝利の方程式」である
努力・友情・勝利
をガチガチに守ってゴッコ遊びしやすいプロレス技!
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集めやすいキン消し、分かりやすい筋書き、迫力満点のゆで理論!
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相手が悪いわー
多分バンダイのキン肉マンに対抗する意味でヒーマン当てたんだろうが、
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1983年だとまだドラクエ前で、ビミョーにゲームブック(火吹き山の魔法使いとか)よりも先行してて「日本国内では受容するベースが無かった」のである。
当時アメリカではD&D(1973〜)の隆盛があったけど、日本でD&Dの赤箱日本語版出たの1985年なんよ……
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そんな時期にダンバイン(1983年2月〜)でお子様たちにファンタジーを叩き込み、大ヒットとまでは言わないが2ベースヒット打ってノーアウト2-3塁にした富野は凄いと思います。
歴史にifは無いのだが、日本におけるTRPGやファンタジー人気が爆発したのが大体1986年。D&Dが日本語化されて安彦良和のアリオンが映画化、そしてドラゴンクエストの発売……ファンタジーが崩撃雲身双虎掌じみた強烈コンボを決めた後なら、ヒーマンはそこに対する追撃で案外メジャーになったかもしれない。
逆に言うと、時代の風という援護射撃なしで日本市場に突っ込んだヒーマンは「魔法使いの援護も無しにドラゴンに挑んだドン・キホーテ」に似る。アメリカでは既にあった「指輪物語→D&D」からのコナン再評価とかがアメリカで展開したヒーマンの背後にはあったんよ。そこを読み切れなかったタカラが残念だったとしか言いようがない。
確か腰にゴム仕込んであって、斧や剣を力強く振り回すギミックあったんよね……ヒーマン見つけてくる目ざとさは良かったが、その流行の背景を知れなかったのは痛恨であった。
方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!