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8.義姉から「葬式に来るな!」と言われた話

私の名前はミサト。33歳の専業主婦だ。
同い年の夫、ケイジとは6年前に結婚して、翌年には長女が生まれ、その後長男にも恵まれて、家族4人で仲良く暮らしている。
うちのマンションから車で10分くらいの距離に夫の実家があって、義両親と義兄夫婦が住んでいる。
義実家との関係は良好だ。
もしも夫が長男で先に結婚していたら、私は喜んで夫の両親と暮らしていたと思う。それくらい義理の仲だけど仲が良い。

特にお義母さんとは仲良しで、お茶菓子を買って訪ねては2人でお茶をしたり、一緒に買い物に出かけたり、お義母さんの趣味の庭いじりを手伝ったりしている。
お義母さんが煮物などを持ってうちに来てくれることもある。とてもありがたい。
義両親は孫もとても可愛がってくれたし、時には夫婦でうちに来て「子供たちは私たちが見ているから、たまには息抜きしてきたら?」と言ってくれたりする。私は中学の時に実母を病気で亡くしているので、お義母さんを本当の母のように慕っていたし、お義母さんも私を本当の娘のように可愛がってくれている。

義兄夫婦には子供がいないので、義姉は結婚前と変わらずお勤めをしていた。
義兄は夫の7歳上で少し歳が離れているが、義姉は私と同い年だ。
色白で華奢なおとなしい美人さんで、儚げな雰囲気がある。夫は、
「ミサトと正反対のタイプだよな。昔の浮世絵の美人画の幽霊みたい」
と、言い得て妙なことを言う。
確かに私は色黒で筋肉質で濃いめの顔をしているし、子供の頃から気が強いと言われてきたから、そう言われても仕方ないけど、ちょっとムカつく。
お義姉さんとは同い年ということで仲良くできると思ったし、仲良くしたいと思っているけれど、正直言って実はちょっと苦手だ。
共通の話題や趣味もなくて、話しかけてもあまり会話が弾まない。

それでも義実家を訪ねる際は、義姉の分もお茶菓子を買って持っていったし、たまに顔を合わせればお互いにこやかに挨拶を交わしているし、そのうちいつかは仲良くなれるだろうと気楽に考えていた。
義兄夫婦に子供がいないことを気にして、
「あまり子供を連れてここに来るのはよくないのかな。お義姉さん辛いんじゃないかしら」
と、義母に言ったことがある。
義母によると、義兄夫婦は不妊治療で義兄の方に原因があって子供ができないことが判明したらしい。
「カズミさんには申し訳ないわ…。でも子供のいない夫婦なんていくらでもいるし、私はあの子たちが仲良く幸せにしてくれていればそれでいいのよ」
義母はそんなふうに言うのだった。

今日も義実家でお義母さんとお茶を飲みながら、
「お義母さーん。私最近なんかついてないんですよね。昨日初めて煽り運転にあっちゃったし」
私がそう泣きつくと、お義母さんはものすごく心配して、ドライブレコーダーをつけることを強く勧めてくれた。
「でもほんと、ついてないんです。先日買った玉ねぎ、中が腐ってたし…こないだなんかマンションのドアの前に吸い殻が大量に捨てられてたんですよ!」
そう言うと、お義母さんは、
「ミサトさん厄年じゃなかった?今度気分転換も兼ねてお祓いに行きましょうよ…」
なんて言ってくれた。
それなのに…。

夜の9時過ぎだったと思う。義姉から電話があった。
電話を受けた夫が真っ青になっているのを見て、ただならぬことが起きたと察しはしたけれど、夫の口から出た言葉はとても信じられないものだった。
「母さん亡くなったって」
頭が真っ白になり、悪い夢でも見ているようだった。
お義母さんはまだ70前だ。少し血圧は高いようだったが、ここ数年風邪ひとつひかず、いつも元気にしていた。
死因はくも膜下出血で、本当に突然のことだった。

どうして?どうしてこんな突然…イヤだ…!こんなの信じられない!
お義母さんがもうこの世にいないなんて絶対嘘!
一緒にお祓い行こうって言ってたのに!
春になったらお花見に行きたいね、家族旅行もいいわよねって言ってたのに!
そんな思いが何度も頭の中でグルグルと繰り返され、涙が止まらなかった。

お通夜は義実家で行われた。
義父も義兄夫婦も憔悴していた。もちろん夫も私もだ。
お義母さんの死に顔は安らかで、話しかけたら答えてくれそうで、何度も呼びかけてしまった。
子供たちは同じマンションに住む親しいママ友が見てくれていたが、そんなに長時間頼るわけにもいかない。
こんな時、お義母さんがいれば子供たちの面倒を見てくれてたのに…と馬鹿なことを考えてまた涙が出てしまう。
夫を通夜の席に残し、私は自宅に戻った。
明日夫はそのまま葬儀場に向かう予定だ。
私は子供たち2人を連れて行かなくてはいけない。
まだ死の意味もわからないだろうけど、おばあちゃんに最後のお別れをさせてあげなければ。

翌朝慌ただしく支度をしていると電話が鳴った。
出ると義姉からで、突然激しい口調で、
「あんたは葬儀場に来るな!帰れ!」
と言われた。
「え?」
何を言われているのかわからなかった。
義姉から「あんた」と言われたのも初めてだったし「帰れ」と言われても、まだ家を出ていない。
「あの…お義姉さん?何かあったんですか?」
そう問いかける私に、
「あんたが来たらお義母さんは成仏できないから!!」
と叫んで、義姉は電話を切った。
訳がわからず夫に電話をして、
「ねえ何があったの?今お義姉さんから電話があって、私は葬儀場に来るなって言われたんだけど」
と問いただすと、夫までもが信じられないことを言う。
「いや…ちょっとなんか…。とりあえずお前は来ないほうがいいと思う」
そんなことを言われても到底納得できない。
私は子供たちを連れて葬儀場に向かった。

車を停めて子供たちの手を引き、会場に向かって歩いていると、夫が先に私たちを見つけた。
「来ちゃったのか…」
困ったように夫が言う。
「そりゃあ来るわよ!一体どういうことなの?」
その時、私に気づいた義姉がこちらに向かってつかつかと歩いてきた。
「あんた!来るなって言ったでしょ?!本当に図々しいわね!!」
普段の義姉からは想像もつかない激しい口調で怒鳴られた。
「ど、どうしちゃったんですか…?いきなりそんなことを言われても…」
すると義姉は、手に持っていたノートを勢いよく開いて私に見せた。
「ここを見てみなさいよ!それからここも、こっちもよ!!」
義姉が開いたページを見た私は、自分の血の気が引くのが分かった。

ミサト 嫌われている? 気のせいじゃない
異物混入 髪の毛やビニール片
ミサト 嫌がらせ? それとなく確認するがごまかされる
笑っているが目が笑っていない ちょっと怖い
何か気に障ることをしてしまったのだろうか
ミサト 2人でいるのが苦痛

日記と言うよりは覚書ノートのようなものだったが、そこには私の悪口と思えるものが書き綴られていた。
「嘘でしょう?これをお義母さんが書いたっていうの?」
絶対に信じられなかった。こんなことがあるはずがない。
騒ぎを聞きつけたのか、義父と義兄も私たちのところに駆け寄ってきた。
「お義父さん!嘘ですよね?お義母さんがこんなこと…」
私は愕然としながら問いただした。
私が義母と仲良くしていたのは義父も義兄も知っているはずだ。
「いや…私も何かの間違いだと思ったが、これは間違いなく妻の書いていたものだ」
困惑したように義父が言った。

「昨夜の通夜の席で、このノートが話題になって、一部の親戚がお前に対して腹を立てているんだ。子供たちもいるし、ここは一旦家に帰ってくれないか?」
夫にそう言われ、全身の力が抜けて膝から崩れそうになった。
どう言い訳しても聞いてもらえそうにない。
義母の死のショックと悲しみだけでもいっぱいいっぱいだったのに、義母が遺した日記の内容に打ちのめされ、私はやっとの思いで子供たちの手を引いて車に戻った。
走って追いかけてきた夫が息を切らしながら言った。
「大丈夫か?落ち着いて安全運転でな」
言われなくてもわかっている。気は動転していたが、子供たちを危険な目に合わせるわけにはいかない。
私は数回深呼吸をしてからエンジンをかけ、車を走らせて家に帰った。

大好きなお義母さんのお葬式に出られず、お骨も拾えないなんて。
本当は私のことを嫌っていたの?私が家に来るのも迷惑だった?
いや絶対そんなことはないはず。それに異物混入とか私には見に覚えのないことだ。
帰宅した夫に気持ちをぶちまけると、
「もしかしたら…母さん少しボケちゃったのかもしれないな」
と、夫は予想外のことを言い出した。
「まさか!全然そんなことなかったよ」
お義母さんは物忘れすることもなく、私よりしっかりしているぐらいだった。
「でもずっと一緒にいるわけじゃないし、まだらボケとかあるって言うじゃないか」
夫にそう言われてしまうと反論できない。
それにそう考えでもしないと、あのノートに書かれていたことが説明できないのも確かだ。
「今日納骨も済ませてきたから、明日家族4人で墓参りに行こう。な?お前が母さんと仲良かったのは俺も知ってるから。お前があんな陰湿な嫌がらせするような人間じゃないって知ってるから」
夫にそう言われ、張っていた気が緩んで号泣してしまった。

翌日義母の好きだった花を買って、家族4人でお墓参りに行った。
子供たちは初めて見る墓地を少し怖がっていた。
「お義母さん。お骨拾えなくてごめんね」
そう言ってから、ずいぶん長いことお墓の前で手を合わせていた。
お墓参りを終えて帰宅すると、少しだけ気分が穏やかになっていた。
今はただただお義母さんがもうこの世にいないということが悲しくて寂しくて、何を見ても思い出して涙がこみ上げてくる。

それにしても。
私は一つ、ずっと心にひっかかっていたことを夫に言った。
「ねえ…ケイジ。お願いがあるんだけど」
私はお義母さんのお墓の前で考えていたことを夫に伝えた。
「あのノート、手に入れられないかな?私はどうしてもあんなノートをお義母さんが書いたって…納得できないんだよね。ちょっと調べてみたいの」
夫も引っかかっていたのだろう。私の提案にうなずいて、
「わかった。多分親父が保管していると思うから、明日行って借りてくるよ」
と言ってくれた。

その週末、私と夫は義実家を訪れた。
義兄夫婦も義父が呼んでおいてくれた。
預けられる人がいなかったので2人の子供も連れてきたのだが、長女が「バアバどこー?」と、おばあちゃんを探して歩く様子を見て、また涙が溢れてきた。
子供たちにはあまり聞かせたくない話なので、子供たちを2階に連れて行き、
「ちょっとの間ここで待っててね。お菓子は食べ過ぎちゃダメよ」
長女にそう言い聞かせ、絵本とおもちゃとお菓子を置いて和室に戻った。
最近はお姉さんらしくなってきて、弟の面倒もよく見ているので大丈夫だろう。

私は集まった家族一同を見回して、義母の書いたノートをバックから取り出し、一息ついてから言った。
「皆さん集まっていただいてありがとうございます。このお義母さんの書いたノートですが、一部偽造されていることがわかりました」
これに明らかに反応したのは義兄だった。
「えっ?どういうことだ?」
義姉はうつむいていて表情が見えない。
「お義母さんの筆跡をよく真似てはいますが、この私の名前の部分は後から書き足されたものです。それに何箇所かページごと切り取られている部分もあって、あまりにも不自然だったので筆跡鑑定をしてもらったんです」

このノートは、仕事から帰宅したお義姉さんが、お義母さんが倒れていた側に落ちているのを見つけたそうだ。
ああ…私が義実家に来ていれば…倒れてすぐ対処すれば、もしかしたらお義母さんは助かったかもしれないのに…。
そう思うと後悔に押しつぶされそうになる。

「このノートを偽造したのは……お義姉さんですよね?」
私が告げると、義姉がうつむいたまま震え始めた。
「救急車を呼ぶ前にノートを回収したんですか?」
義姉は震えながら小さな声で言った。
「声をかけても…もう動かなかったのよ」
それでも、すぐに119番して緊急搬送すれば、万が一にでも命は取り留められたかもしれない。
お義母さんが倒れているというのに、119番するより先にノートを持ちさり、私への嫌がらせのために偽造したこの義姉を許せなかった。

「なんだよ!どういうことだ?カズミ、本当にお前がそんなことを?」
義兄が義姉を問い詰めると、震えていた義姉が顔を上げ、ふてぶてしい態度で言った。
「そうよ。私がやったのよ!」
表情も、声も、こんな義姉を見たのは初めてだった。
「あんたが、私が働いている間にしょっちゅう家に上がり込んで、当てつけがましく子供まで連れてきて!子供の産めない私をあなたとお義母さんの2人で嘲笑っていたんでしょ!悪いのは私じゃない!私をバカにしたあんたとお義母さんよ!」
その言葉に私はひどく驚いた。そんな事実はあるはずがない。
思わず私は大声で否定してしまった。
「そんなこと絶対ありません!お義母さんは、子供ができなくてもお義姉さん夫婦が2人で幸せに暮らしてくれれば嬉しいって言ってました!」
「そうだよ。それに子供ができない原因は兄さんの方にあるって…」
と夫も口を挟んだ。私もそう聞いている。

「嘘よ!私に原因があると知られたら辛い思いをするからといって、いいカッコしたくて勝手にこの人がそういうことにしたのよ!」
驚くような事実が義姉から知らされた。
だが義兄の思いやりや優しさを「いいカッコしたくて」と言う義姉には、意味がなかったようだ。
「そのくせこの男は外に女を作って、しかも私より年上の子持ちの冴えない女よ!」
またしても、驚くような事実が暴露された。まさか義兄が浮気していたとは…。

「何を言ってるんだお前は!それは誤解だ!あの人は夫からDVを受けて逃げ出して、行き場がなくなっていたから保護してあげただけだ!」
突然自分の秘密を暴露され、慌てた義兄がそう言い訳した。
「ふん!なんであなたが保護してあげなくちゃいけないのよ!しかもその女のところに何度も通って、出張だと嘘をついて泊まり込んだりするわけないでしょ!あの子供もあなたの子かと思ったけど、それは違ったみたいね!ちゃんと調べたのよ私は。みんなで私のことをバカにして!」
そう言うと義姉は泣き出してしまった。

さらに独り言のようにブツブツとつぶやき始めた。
「お義母さんはあんな日記を書いてるし、ミサトさんなんか事故っちゃえばいいと思って弟に煽ってもらったけど上手くいかないし、次は必ずと思ってたのにお母さんの入れ知恵でドライブレコーダーつけちゃうし、ムカついたから弟から吸い殻もらってドアの前にまいてやったわ…」
その場にいた全員が青ざめた。
義姉にあまりタチの良くない弟がいることは聞いていたが、あの煽り運転は義姉の計画したことだったのか。
そこまで憎まれていたということがショックだった。

「カズミさん…なんてことをするんだ。もしも煽り運転で事故でも起こしていたら大変なことになっていたんだぞ?あんたが指示してやらせたのなら犯罪だ!」
義父が声を荒らげて言ったが、義姉の耳には届いていないようだった。
怒りをあらわにしたのは義父だけではない。
「お義姉さんがお義母さんや私をそんなに憎んでいたなんて気がつきませんでした。私にも悪いところがあったのかも知れません。でもお義姉さんがしたことは許せません!あの時、車には子供たちも乗っていたんですよ?」
私は煽られた時の恐怖を思い出して、思わず義姉を強く責めてしまう。

そんな義姉を責める修羅場と化した空気の中、突然義兄が土下座してこう言った。
「申し訳ない!カズミのしたことは許されることではないが、原因は俺にもある。あの女とは別れる!カズミ、許してくれないか」
私はそれは何か違うと思った。
「お兄さん、これはあなたがた夫婦の問題だけじゃないですよ。お義姉さんのしたことは到底許せることではないし、ノートに書かれていたお義母さんへの陰湿な嫌がらせは、お義姉さんのやっていたことですよね?ここにある『異物混入 髪の毛やビニール片』とか…」
義母のノートに書かれていたことが私のしたことではないということがわかってもらえて、少しホッとしたのは事実だ。
義母はあえて個人名を書かずに、胸に秘めた想いを綴っていた。
誰にも見せるつもりはなかったのだろうが、突然倒れたことで公にされてしまった。

義父が沈痛な面持ちで、
「そうだな。私も気づいてやれなくて、妻には辛い思いをさせてしまった。仲良くやっているものと思っていたが、まさかカズミさんにそんな悪意があるとは…」
義父は一旦そこで言葉を切り、
「私はもうこれ以上カズミさんと一緒に暮らすことはできない。別れるつもりがないなら2人ともここを出て行きなさい」
と義兄夫婦に言った。
「ええっ?そんなぁ」
義兄の情けない声が部屋に響いた。

お義母さん…話してくれればよかったのに。
きっと嫌な思いや怖い思いをしてたのだと思う。
今思えば一時期から、私が義実家に行くよりも、義母がこちらに遊びに来てくれることが多くなったように思う。
それに、義母の勧めでドライブレコーダーをつけていなかったらと思うと本当に恐ろしかった。
義母は何も言わず私や子供たちを守ってくれていたのだと気がついて、また涙が出た。

「あーあ。人間って怖いな。知らないうちに誰かの恨みを買ってたりするんだね。お義兄さん夫婦、あそこを追い出されて、これからどうなっちゃうんだろう」
あれから1週間、ようやく少し気持ちが落ち着いてきた私は夫にそう言った。
「うーん。兄さんは昔からちょっと変わっててさ。不幸な女が好きなんだ」
夫からそう聞いて、私はビックリしてしまった。
「自分がついててやらなきゃと思うのかな。誰かのヒーローになりたいのかも。義姉さんとの結婚を決めたのだって、見た目が薄幸そうだからだと思う」
私にはよくわからないが、いわゆる性癖ってやつだろうか。
確かにお義姉さんは華奢で小柄で色白で、生命力にあふれた感じではない。
夫が「浮世絵の美人画の幽霊」と言っていたのを思い出した。
ちょっと信じられないけど、意外にそういう性癖の男性は存在するらしい。
だけど、その中身は見た目とは裏腹に、お世辞にも儚げなものではなかった。

「案外うまくやっていくんじゃないかな。だって可哀想な私、悪いのはみんな周りって考え方はめちゃくちゃ不幸だろ?悲劇のヒロインと、守ってあげたいヒーローでお似合いだよ」
夫のその言い方で、彼がまだ怒っていることがわかる。
そりゃそうだ。一歩間違えれば妻子の命が危なかったのだから。
しかし3ヶ月もしないうちに、夫の予想が外れていたことが判明した。
義姉のあまりの嫉妬深さと束縛に辟易した義兄が逃げ出したのだ。
本当に浮気相手とは別れたようだったが、義姉は信じず、執拗に追求し続け、仕事まで辞めてストーカーのように義兄を見張っていたらしい。
義兄のヒロイズムはあっけなく雲散霧消してしまったようだ。

「兄さん、慰謝料でも何でも払うから別れてくれって言ったらしいよ。でも応じてくれなくて、今調停中だって」
呆れたようにため息をつきながら、夫がそう話してくれた。
義兄は義姉とは離婚するからと、義父に泣き付いて実家に戻ったそうだ。
「確かにあの家ならお義姉さんも近寄りづらいもんね。不幸な女というよりは、超嫉妬深い女だったということなのね…」
その後ようやく離婚が成立したと聞いた時、私も夫も心からホッとした。

仕事も辞め夫にも見捨てられた彼女は実家に戻り、夜のお勤めを始めたらしいが、同僚とのトラブル続きで長くはいられず、お店を転々としているらしい。
一見儚げでおとなしい見た目に騙されて引っかかる男性が現れないといいなと思う。
何しろ義兄は未だに彼女に怯えているのだ。
これ以上、不幸な人を増やさないでほしいと心から願っている。

数日後、義父が訪ねてきて、お母さんが大切にしていた指輪を私への形見分けだと言って手渡してくれた。赤いルビーの指輪だ。
「あいつ『ミサトさんには、赤いルビーが似合うと思うの』って言ってたんだ。『カズミさんのイメージはサファイアかな』って」
お義母さんは、お義姉さんとも仲良くやっていきたいと思っていたのだとわかる。優しいお義母さんらしい。
その事実が嬉しくて切なかった。

さらに数日後、帰宅した夫が、やけにハイテンションでこう言った。
「おい!すげえぞ!家族4人ディズニーランドにご招待だ!」
少し前になにげなく応募した缶コーヒーのプレゼント企画に当選したそうだ。
「わー!すごいじゃない。ディズニーランドなんて結婚前に行ったきりだよ」
単純にすごく嬉しかった。すると夫が得意げに言ったのだ。
「ふっふっふ…甘いな。国内じゃないぜ!5泊6日家族4人、本場のディズニーランドご招待だ!」
「うそでしょ?ホントに?!」
その後夫と娘の3人で手を取り合ってくるくる回って喜んだ。息子は訳も分からず手を叩いて喜んでいた。
「もしかしたら、この旅行お義母さんがプレゼントしてくれたのかもね」
何の根拠もないけど、そう思いたかった。
すると旦那が、
「かもな!だとしたら絶対飛行機は落ちないよな?」
と、おどけて見せながら、ちょっと不安そうにそう言ったので笑ってしまった。実はちょっと飛行機が苦手な夫であった。


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