第十回林芙美子文学賞(大原鉄平「森は盗む」)
冒頭、吉武が子供の頃に閉じ込められた木組みの牢屋について、《明治時代の監獄のような》という比喩が用いられている。いや、これは比喩というより、比喩の皮を被った粗末な説明書きに近い。
《明治時代の監獄のような》は、比喩として低質なだけでなく、誤った説明だ。明治時代の監獄と言えば、「明治五大監獄」――石造や煉瓦造を中心としたモダンな建造物群が有名だ。当時の政府は(明治維新を経て)自国の近代化をアピールするため西洋の様式でもって「明治五大監獄」を建造した。格子状に木材を組んだ監獄が主流だったのは江戸時代まで、明治時代では時代遅れの産物になっている。吉武が子供の頃に閉じ込められた木組みのそれは「江戸時代の監獄(あるいは江戸時代の座敷牢)のような」と表現するのが適当だろう。
また、戸が狭いからといって子供用を示しているとは限らない。僕が調べた限り、江戸時代に主流だった格子状に木材を組んだ監獄は大人・子供問わず戸が狭いものばかりだった。作者は「私」(一人称の語り手)の職業を設計士に設定しておきながら、物語のキーとなる牢屋についてザルな知識を露呈している。
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