クズ星兄弟の哀愁・4
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部屋は薄暗かった。
玄関手前にユニットバスとキッチンなどの水回りがまとめられ、その奥に8畳ほどの縦長の部屋がある、いわゆるワンルームマンションというやつだ。8畳のスペースには敷きっぱなしの布団とカラーボックスが1つ、床には脱ぎ散らかした洋服やコンビニの袋、プラスチック容器が散乱していて、突き当たりには、大きな掃き出し窓とその向こうには狭いベランダがある。
「マリアさん……」
その窓を、菌糸状に広がって覆い尽くす半透明の“何か”が、近隣のラブホテルのネオンに照らされ極彩色に点滅していた。そのところどころに赤いマニュキュアの塗られた爪らしきものが見え、セイはその菌糸が“解けた”マリアの身体なのだと悟る。放射状に広がる菌糸の中央には、石膏像のように真っ白なマリアの顔が浮いていた。
だが、それはセイが知るあの眩しい笑顔ではない。悲しみと怒りに満ちた表情を浮かべ、じっと二人を睨みつけている。
「マリアさん……なんで…」
セイはうわ言のように力ない声でその名を呼びながら、マリアだった“それ”に向かい、よろよろとした足取りで数歩踏み出す。
次の瞬間。突然“それ”は部屋中がビリビリと震えるほどの絶叫を上げ、セイに向かい口から粘り気のある液体を吐き出した。
「バカ野郎!」
後ろから、力任せに突き飛ばされたセイは、勢いのまま石膏ボードの薄い壁に肩を強く打ちつける。
「ぐっ!」
押し殺した呻き声にセイが目を開けると、自分の身代わりに粘液を浴びた葛生の革コートから、ジュウという音と共に水蒸気が上がっていた。
とっさに庇ったのだろう、粘液をまともに浴びたコート腕部分は薄い紙くずのようにボロボロと剥がれ落ち、庇いきれなかった顔面や、むき出しの両手の甲が火傷のように水ぶくれになっている。
「兄貴!」
思わず叫んだセイ目掛けて、再びマリアの口から粘液が吐き出される。
これを間一髪躱したセイは、片膝をついた葛生の襟首を掴みキッチンの方に思い切り引き倒した。
再びマリアの絶叫が響き、口から粘液が連射されたが、セイは葛生を庇うように背中を向け、龍の刺繍が入ったスカジャンでこれを受けた。セイのスカジャンはボスからの支給品で、あらゆる霊障から身を守る効果がある。
「大丈夫か兄貴!」
マリアの悲鳴にかき消されないよう、大声で叫ぶセイの胸ぐらを掴むと、葛生は「情けねえ面してんじゃねえぞセイ!」と、その鼻っつらに思い切り頭突きを叩き込み、思わず仰け反ったセイの髪を掴んで力任せに引き寄せる。
「てめぇ、覚悟決めてこの部屋に入ったんだろうが。だったらプロらしくしっかりやれ! それが出来ねえならさっさと出てけ!」
叫びながら胸ぐらを掴んでいる葛生の手の甲は水ぶくれが破けてボロボロだ。ただでさえ霊障を受けやすい体質の葛生がまともに動ける状態でないのは、付き合いの長いセイの目には明らかだった。
「あぁ、すまねえ兄貴。でもよ、こんな時まで1人で抱え込もうとすんじゃねえよ。それ、悪い癖だぜ」
「鼻血垂らしながら説教しても様にならねえよ」
そう言われたセイの鼻からは、確かにふた筋の血が垂れていた。
「いや、これは兄貴のせいだろ」
そう言って笑うと、セイはスカジャンのジッパーを首元まで引き上げる。久しぶりの完全武装だ。
「これも使え」
葛生がポケットから取り出したメリケンサックをセイに渡す。
受け取ったそれを右手にハメると、セイは一つ大きく深呼吸してから立ち上がり、ゆっくりマリアに向き合った。
つづく
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