ヘッダー哀愁

クズ星兄弟の哀愁・2

帯

2

 長い煙突から立ち上る細い煙を、借り物のスーツに身を包んだセイはぼんやりと眺めていた。最愛の母を失った6才のあの日と同じように。


 関係者と神父立ち会いのもとで簡易的な葬儀が行われたあと、遺族の意向もあってマリアの遺体は日本で火葬後、遺骨だけを故郷に送ることになった。
 各種手続きについては彼女が働く「エンジェル」のオーナーだけでなく、歌舞伎町では顔役の一人であるセイと葛生のボスも(金銭面も含め)尽力してくれたらしい。

 葬儀を終えて以降、セイは事務所兼自宅に戻ることなく、昼も夜も歌舞伎町を歩き回っていた。
 自慢のリーゼントは崩れ、尖った顎や窶れた頬には無精ひげが伸び、殆ど眠っていないため血走っった細い目は殺気に満ちている。まるで荒んでいたチンピラ時代に戻ったようなセイの様子に、顔なじみの客引きや店の人間も声を掛けるのを躊躇うほどだった。

 マリアの死は自然死でも病死でもはない。給料を故郷に送るため郵便局へと向かう道すがら、突然バイクに乗った何者かにバックを引ったくられそうになり必死に抵抗。倒れた拍子にそのままバイクに数十メーターも引きずられた挙句、交差点で反対車線に投げ出され対向車に轢かれてしまったのだ。

 そんな彼女の最後を知ってから、セイは犯人を探し1人でこの街を歩き回っている。
 別にアテがあるわけではない。
 ただ、じっとしていると狂ってしまいそうになる。
 だから、こうして昼も夜もなく、ただひたすら歩き回っているのだ。

 マリアの葬儀から約1週間目の夜だった。突如、セイのスカジャンの裏ポケットがブルブルと振動する。スマホの着信だ。だが、セイのスマホは事務所に置いてきたハズだった。
 訝しみながら取り出してみると、それはセイのスマホではなく、相棒の葛生のものだった。着信には「セイ」の名前が表示されている。
 おそらく、葬儀のあとセイが一度だけ着替えのため事務所に戻ったあの時だ。
 あの日、葛生はソファに腰掛けたまま何も言わなかったが、自分のスマホをスカジャンのポケットに忍ばせていたのだろう。

 セイは躊躇しつつスマホの通話ボタンを押す。
「……兄貴?」
「仕事だ」
 相棒は、ただ一言そう言った。
「俺は……」
「お前が嫌なら俺一人で行く。だが、いいのか?」
 その後に続く、葛生の言葉にセイの背中が泡立った。

 「今回の雑虗はマリアだぞ」

つづく

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