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プラプラ堂店主のひとりごと㊸

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜

小麦のはなし

 久しぶりに高校時代の友人、深瀬が店に遊びに来た。深瀬は今、ライターのような仕事をしている。雑誌の取材、地方紙の記事の編集、イベントの主宰などなど、なんでもやっている。フリーランスのいわゆる何でも屋だと思う。が、本人はあくまで「ライター」と言い張る。深瀬は店に来るなり、いきなり言った。

「面白いこと、教えてやるよ。左手をお腹に当てて。それから右腕を真っ直ぐに横に伸ばして」

 深瀬は唐突に変なことを言ったり、始めたりする。(またいつもの、わけのわからんことか…)ぼくは言われるまま、左手をお腹に、右腕を横に伸ばした。

「オレが上から押すから、逆らってみて」

 深瀬が上からぼくの腕を押してきた。ぼくは腕が下がらないよう抵抗した。ぶるぶる揺れながらも、右腕はほとんど下がらなかった。

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「じゃ、次は左手に携帯を持ってお腹に当てて。右手はさっきと同じに。そうそう。じゃあ、また押すよ」

 深瀬が上から押す。ぼくの腕はがくんと下に落ちた。びっくりした。同じように力を入れてるつもりなのに。明かに力が入らない。なんでだ?

「携帯の電磁波の影響だよ」

 深瀬は得意げに言った。聞くと、最近「ジョコビッチの生まれ変わる食事」という本を読んだらしい。ジョコビッチも、医師からこの実験をされて小麦アレルギー(不耐性)だとわかったらしい。

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「それでやってみたらさ、オレも、だめだったんだよね。小麦。それで、へらしてるんだけどさぁ。オレ、小麦関係好きだからキツくてさぁ。仲間探ししてんの」

 深瀬はカバンからベーグルを出して、携帯の代わりにぼくの左手に持たせて、同様の実験をした。ぼくの右手は力無く、がくんと落ちた。ぼくも深瀬と同様、小麦に耐性がないということか…?!深瀬はニンマリとうれしそうだ。突然そんなことを知らされても…。

 深瀬が帰ってから、彼が勝手に置いていった「ジョコビッチの生まれ変わる食事」を読んでみた。こういうハウツー本みたいな本は、ぼくはあまり好きじゃない。でも、面白かった。ジョコビッチが自分が小麦アレルギーと知り、食事を変えたことで、どれだけ体が変わったかが書いてある。そして、どうしても勝てなかった試合に勝てるようになり、世界一になった。でも、彼の強さを本当に支えているのは、彼の生い立ちだと思った。セルビアの戦乱の中で生きた人間の、無力感を超えた強さ。そして謙虚さ。世界一になった今もそれを持ち続けていることが彼の強さの軸になっている。深瀬のいつもの勝手な実験なんか、正直どうでもいいと思っていた。でも、ジョコビッチの本には感銘を受けた。試しに2週間、小麦抜きをやってみようか。テーブルの上には、深瀬の置いていったベーグルが鎮座している。

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