嬉しいことが多い反面、悔しい想いも多かったりするっていう話

こんばんは。

今日は当たり前のことを話します。

それは“頑張る”ということです。

頑張るって当たり前過ぎて、頑張るって意識している時点で不自然だから特別なことのようにその言葉を使うのはあまり好きではありません。

最近、僕の事業を一緒に協力してくれる人や応援してくれる人がちらほら自分の目に映るようになってきました。

具体的には、昨日のレモネード販売を手伝ってくれる人や、レモネードを飲んで美味しい美味しいって言ってくれたり、レモネードを飲みに来てくれる友達とか後輩とかいろんな人がいたり、クラフトビール制作を応援してグッズを買ってくれたり、飲みに連れて行ってくれたり、ビールのことを教えてくれる人がいたり、ランニングイベントに参加してくれた人たち、写真撮影に協力してくれる人とか。

“ちらほら”と書きましたが、贅沢過ぎるくらいたくさんの人たちが応援や協力してくれています。

しかも、嬉しいことに関わってくれた人は楽しかったって言ってくれる人が多いんです。

昨日のレモネード販売もそう、プロモーション撮影もそう、ランニングイベントに参加してくれた人もそう、クラフトビールを一緒に飲んでくれた人は「あれからクラフトビールが気になって買ってしまうようになりました」とまで言ってくれます。

本当に涙が出てくるくらい嬉しいです。

でも、同時に悔しい想いが2つあります。

1つはその人たちに全然恩を返せていないこと、もう1つはその人達にもっともっと楽しい体験として残すことが出来たはずだと言うことです。

1つ目の悔しい想いに関してヒッチハイクを経験してからは、もらった恩は返せないから周りに配っていくというスタンスでいて、それはそれで正しいと思っているのですが事業としていざ色んな人と関わっていたら前よりももっと目の前の人に返したい想いが増えてきています。

その恩を返すために、その人の本当にやりたいことは何なのか、何ができれば幸せなんだろうなと考えて、それを僕が手伝うことが出来たら僕は幸せです。

でも、それが本当に難しくて悔しいです。

やっぱり身近な所にいる大切な人のために何かしたいって思いますよね。

だから、月並みですが当たり前のことからコツコツと頑張りたいと思います。

具体的には、これもまた人並みですが“人の話をしっかり聞く”こと。

これを頑張りたいと思います。

もう1つの「その人達にもっともっと楽しい体験を残したい」と言う悩みに関しては話を聞くとかそういうレベルではなく、単純に僕の実力不足だと思っています。

物事を論理的に考えることとか、歴史に対する知識とか、アートやカルチャーに対する感性とか、その場を盛り上げるスキルだったり、みんなので前で堂々と話せることとか。

要は、周りの人に頼りになる存在だと思われる力が不足しています。

その力があればもっと僕のことを応援したり協力してくれている人たちに対して、楽しい経験を積んでもらうことができるんじゃないかと感じています。

この感覚は中学生くらいからずっとあるものなので、そろそろ払拭したいです。

その頼りなさが周りの人たちに助けてもらえている要因なのかもしれないなんて思ったりもしますが完全に甘えなので捨てていきます。

しっかりも出来る上で頼りなさもうまく使える人間の方が僕はかっこいいと思うので。

そんな感じでそういうことってまだまだ当たり前に出来ていないことなので、“意識して”頑張らなきゃいけないことなのだと最近は嬉しいことが多い反面、それを痛感させられることも多いです。

だから今は“頑張る”という言葉が結構好きです。

今日も最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。



【レモネード販売】
場所:東京都中央区日本橋本町4-13-8
Hostel DEN @hostelden
日時:火曜日、水曜日。11時半頃〜14時頃&僕がいるときならいつでも。
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【グッズECサイト】
・ランニング&ビールTシャツ(White、Black)
・ランニングビールグラス(シングル、ペア)
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【ゲストハウス開業まであと】
1392日


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