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おまんじゅう

母が入院していて、まだ食べることが許されていた時、よく「おまんじゅうが食べたい」と言っていて、兄も私も母のために持っていった。母はお口いっぱいに、おまんじゅうをほおばっていて、美味しいと満足そうに食べていた。

まんじゅう、ではなく「お」まんじゅうなのである。
母のかわいいところである。
ちなみに、便のことは「うんち」と読んでいた。
可愛い母から私は生まれた。

写真にあるおまんじゅうは、母が入院していた病院に行く途中にある、農産物直売所に売っていたものだ。実際に私はこれを母親に持って行ったことがあった。餡子はこし餡だった。

母は甘いものが好きで、私も幼い頃、よく一緒に食べていた。特に和菓子が好きだった。対照的に私は洋菓子が好きだったので、好きの嗜好が異なっていた。
唯一私が大好きな和菓子、それはお団子だった。
最近はあまり見かけなくなってしまったが、みたらし団子と餡子の団子がセットになっていたものをことある事に母親は買って、一緒に食べていた。
私はみたらし団子、母は餡子の団子をそれぞれに食べていた。餡子は食べないの?と何度も母に促されていたが私は頑なに、好きじゃないと言って食べなかった。
もしかしたら母は、両方の種類をまんべんなく食べたかったのかもしれない。もう少しコミュニケーションをとりたかったところだ。

こうしてお菓子を一緒に食べていたことは、母にとっても印象に残っていた事だった。


病室におやつのカステラが運ばれた時のこと。
母は私に向かって「一緒に食べませんか?」と言ってきた。どこか他人行儀なところは、長い入院生活で看護師さんや先生方を家族同然にみていた。
しかし、せっかくのお楽しみのおやつの時間、と母を気づかい、断ってしまった。
今思えばたまに来る娘と、久しぶりに一緒に甘いものを、同じものを食べたかった、という気持ちがあったのだろう。

これみよがしに、暫くはおやつの時間を狙って母のところに行くようになっていた。
可愛い母親が見れる、と思ったのだ。
看護師さんと母がどういうやりとりをしているのかも気になっていた。聞くと下の名前に「ちゃん」をつけて呼んで下さって、本当によくしてもらっていた事がわかった。お風呂が好き、という事もみていた。家族としてありがたい。

重い精神病を患っていたので、「別の人格」でもいるかのように怒鳴りちらす、ということが度々あった。
普段優しく穏やかな母だったので、たまにそのシーンを思い出すと未だに私の心は崩れてしまう。

だから余計に、かわいい母を私は見たかったのかもしれない。

食べることは生きることにも通づる。病院で食べている時の母は、少し欲望のようなものを感じていた。まさに、「生きる」そのものだった。

その母親が、とうとう食べることが困難になってしまった。
見ていてとても辛かった。
兄が亡くなった時期とも重なったので、重いものを背負いながらの母のお見舞いだった。
本当に本当に辛かった。
よくやった、と自分で褒めたい。

母が腰の骨を折ってしまい、もう普段の生活はできないと悟った母は私に「もう死にたい」とこぼしたことがあった。
私はそれを生前の兄に思い切って伝えてみた。
はっきりとした返事というか、具体的にどうしよう、という話はしなかった。なんとなくタブーな話だなと感じていた。
もっと思ったことを兄妹お互いに伝えあって、打開策を見出したかった。
いくら悔やんでも悔やみきれない私の大きなしこりである。

医療の進化は時として人を苦しめる。そんなことを感じる。

食べられない身体になって、それでも食べたい、と言っていたのがきゅうりだった。看護師さんが教えてくださった。
きゅうりはよく母がワカメと一緒に一品料理として夏の暑い頃などによく作っていた。
その事を父に話すと、そういえば、という感じで答えてくれた。

看護師さんがそれでもと母に口にしたのは、牛乳だった。

母が亡くなるその時、何を思い出しただろう。
よく、1人でお見舞いに行った時に「お父さんは?」と聞かれていたので、父のことを思い出していたかもしれない。

病院が少し遠いところにあったので、着いた時にはもうすでに処置がされていた。看護師さんの目には涙が見えた。
看護師という職業、本当にすごい、尊い職業だなと感じる。
病院を後にする時、担当の先生、何人かの看護師さんに見送ってもらった。
「家族のように接して下さり、ありがとうございました。」
と私は頭を深深と下げた。
本当に、長い長い間お世話になっていた。感謝が伝わっていたら幸いだ。

私は、兄と母の死を体験して、「死ぬとは」「生きるとは」、ということを考えるようになった。
亡くなるその瞬間、どんなことを考えたいのか、なるべくいい事を思い出していたいと思う。

家族を通して、生きること、死ぬことをテーマにしていこうと思う。

何かいいものを食べます。生きます。