SSワードウルフ4-5「死を想う貴方へ」

「死を想う貴方へ」

作者名:チャン

 君のことは幼い頃から知っている。
 ある日、君は僕の家にやって来て机の上に花を置いた。戸惑っていると君は無邪気な笑顔を浮かべたね。それから、たまにそうして花を持ってくるようになった。僕の家にある本を指差して「読んでくれ」とせがんだこともあった。やれやれと思いながら読んであげると1ページもめくらない内に眠ってしまって困ったもんだった。

 君の初恋の話も知っている。
 訊いてもいないのにその女の子の話をこと細かにしてくれるもんだから、僕は今でも会ったことのないその子のことを覚えている。告白するために彼女に渡すものを一緒に考えたりもしたね。結局その子には振られてしまって、泣いている君を慰めるのは大変だった。

 そういえばあれはどうなったんだっけな? 君が初めてできた恋人に詩を贈った話だよ。君は僕の家に来て随分と頭を悩ませながら推敲していたようだったけど、その結末を僕は教えてもらえなかった。ねぇ、あれは結局どうなったんだい?

 それから君は2人ほど恋人との別れと出会いを繰り返して、妻となる女性に出会ったんだったね。君が結婚の報告をしに来た時は驚いた。僕の中で君はまだまだ子供のつもりだったからね。自分が産んだわけでもないのにまるで自分の子供が離れていってしまうような不思議な気持ちになったものだよ。

 しばらくして、君は妻と子供を紹介しにやって来たね。君の妻は可愛らしく素直な女性で僕もとても好きだった。君の子供は少し無邪気が過ぎたね。少し目を話した隙に本棚から勝手に本を持ち出してビリビリに破ってしまっていたんだ。そういえばあの本の弁償をまだしてもらっていなかったけな? あはははは、ウソだよウソ。君たちはきちんと謝ってくれたし子供のしたことだ。僕も60年も前のことを今更掘り返そうなんて思っていないよ。

 それから君は会うたびに家族の話をするようになった。君は本当に妻と子供のことが大好きだった。だからこそ、君の妻が流行り病で死んでしまった時、君は深く深く絶望してしまったんだよね。

 彼女が死んだ日、君は子供と共に僕の家を訪れたね。妻に会わせてほしい、と。たしかに僕ならそれはできる。僕の能力を頼った君は正しい。だけど僕は断った。実はね、今だから言うけど彼女は死ぬ前に僕に手紙を寄越していたんだよ。君は自分の死で深く悲しむことになるだろう。そして僕を頼るかもしれない。だけど、どんなことがあっても2人には2人の人生を歩むように言ってほしい、と。僕は彼女の言葉の通りにした。もちろんそれは僕の願いでもあった。

 彼女の想いを知った君は、再び自分の人生を歩み始めた。先に死んで言った彼女に恥じぬようにと。子供が成人するまで、そして子供が独り立ちしてからも君は必死に生きてきたね。そして今、こうして寿命を迎えようとしている。

 でもいいのかい?
 僕に頼めば永遠の命だって与えてあげられる。若く、健康な身体に戻してあげることもできる。僕は魔女だ。全てを叶えてあげることはできないが、大抵のことは叶えてあげられる。それでも君はこのまま寿命で死にたいと思うのかい? なるほどね、妻に会いたいか。残念ながら魔女の僕から言わせてもらうと死後に死者と会えるなんていうのは迷信だよ。死んだら土に帰るだけだ。肉体の機能として与えられていた意識は消えて全ては無になる。

 ああ、いや、すまない。正確にはわからないんだ。そんな世界があるかどうかは魔女の僕ですら知らない。観測できないものはわからない。実際には存在するかもしれない。……そうだね、認めよう、僕は僕個人の意志として君に死んでほしくないだけなんだ。頼む、生きてくれ。僕と契約するだけでいい。そうすれば君は永遠の命を手に入れる。ただ君が永遠の命がほしいと口にするだけでいいのに、なんで……

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