SSワードウルフ3-8『新説 人魚姫』

『新説 人魚姫』
作者名:ホンソメワケベラ


「彼女以外を伴侶にすることなどもう考えられないんだ。君には本当に申し訳ないけれど」
金髪の男と紺色の髪の女、銀髪の女の間に気まずい空気が流れる。

国の唯一の後継者である王太子一行の乗った船が嵐に遭い難破した。
王太子の生存は絶望視され、国内外の評価の高い金の髪の王太子を失い、国の者達は絶望に打ちひしがれた。
そんなある日、王太子が無事な姿で見つかった。
どうやら少し離れた場所の浜辺の村に流れ着き、村人たちに助けられたらしい。
国中が喜びに沸き返り、お祭り騒ぎとなった。

謝礼のため改めて浜辺の村に訪れた際、王太子は浜辺に裸で倒れている紺色の髪の娘を見つけ、王宮で保護した。
予想外だったのは、王太子が婚約者がいるにもかかわらず、紺色の髪の娘に一目惚れしてしまったことだ。
娘が意識を取り戻すまで王太子は自ら甲斐甲斐しく看病した。
娘はしばらくして意識を取り戻したが、王太子の突然の求愛に応えて恋仲となった。

そして初めの台詞に戻る。
この状況を話し合うべく、まずは当事者である王太子と娘、それから王太子の婚約者である公爵令嬢が集まったのだが。
満月のような銀色の髪の公爵令嬢は、急におかしなことを言い始めた婚約者の王太子に頭を痛めながらも、娘のどこが気に入ったのかを聞いた。
「この娘は檸檬の香りがするんだ」
海で溺れて意識を失っている際、檸檬の香りのする誰かに温かく柔らかく抱かれる夢を見たらしい。

こいつ、変態だったのか

公爵令嬢は幼い頃に王太子の婚約者と定められ、王太子と兄妹の様にして育った。
正直、彼に対して今更色気のある感情をそれほど抱いてはいないが、それでも国を支える者同士として上手くやっていけると信じていた。
婚約者の特殊な性癖を知ってしまい、わずかに残っていた王太子に対する乙女心も砕け散った。
公爵令嬢は全てを投げ出し逃げ出したくなったが、自分の責務を思い出し、何の後ろ盾もない娘を王太子妃に据える事の危険性を懇懇と説く。

「私はこの娘に嫉妬して小言を申し上げているのではありません。この国の将来を憂いて言っているのです。国王陛下や貴族たちを説き伏せたければ、この娘が次期王妃にする価値がある者ということを示さなければなりません」

公爵令嬢が娘に視線を向けると、娘は何かを決意したように強い眼差しを公爵令嬢に向ける。実は自分は人魚の国の末の王女であり、恋の対価として父である人魚の王にこの国との交易を始めるように促すという申し出だった。

人魚の国では虹の真珠や炎の珊瑚が採れる聞き、公爵令嬢は心の中でにんまりとしながらも他にも引き出せるものはないか娘と交渉する。父である公爵はこの国の財務大臣で、国の利益については人一倍うるさいのだ。自分としては変態を娘に押し付けられるならこれで十分ではあるのだが。

長い話し合いの末、人魚の国から海産物や宝石の交易、海流を示す地図、船が遭難した際の陸の人間の救助の約束を取り付けて、交渉が成立した。
公爵令嬢は婚約破棄をされたものの、国に莫大な利益を生み出す交渉事を取り付けたことを評価され、父の後を継いで女公爵となった。
さらには人魚の国との様々な交渉を任され、当代一の女傑と評された。

人魚の末の王女が陸に上がるため、二本足になる薬を渡した海の底の魔女はほくそ笑む。

10年前に陸に近づいた際、海辺の港で綺麗な身なりの可愛い女児と出会った。
満月のような銀色の髪にとてもいい香りを漂わせていた。
あれが花の香りというのだろう。

魔女は彼女を手に入れるため、まずは彼女の婚約者である王太子に人魚の末の王女をあてがった。
次は自らの体を男に変え、陸の国との交渉役となった。
さらに特殊な薬で養殖した魚を交易に使わせた。
陸の人間は知らないが、長年その魚を食べ続けると陸の人間の寿命が人魚ほどに伸び、水の中で呼吸するためのエラができるという魔女の一番の発明品だ。


銀の髪の姫が自分の腕の中に堕ちるまでもう少し。

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