SSワードウルフ4-1「蓋」

タイトル 「蓋」
作者名:レンリー=ヒョーク

 カリギュラ効果ってご存知ですか?
 「ダメ」って言われると、却ってやりたくなってしまう心理のことを、確かそう呼ぶらしいです。
 名前が分かるっていいですよね。別に、それを知ったところでその心理に歯止めが掛けられるわけでもないですけど、「そういう気持ちになる」のは私だけじゃないって、世界中にそんな人はいるって、どこかの偉い学者先生が言ってくれてるような気がして、少し落ちつきます。
 失礼、話が逸れましたね。いえ、今の話がまるっきり無関係というわけでもないんですけど。
 お恥ずかしい話ですけど、私、瘡蓋を剥ぐ癖があるんです。子供の頃から親に注意されているんですけど結局この年になっても治らなくて。寧ろ、治らないどころか悪化しています。今では癖を超えて「趣味」と言える域に達しているかもしれません。何せ、瘡蓋を剥ぐために自ら擦り傷を作っているんですから。
 はい、こことここです。両膝に。子供の頃はアスファルトの上で転んでやっていたんですが、大人になった今では合理的になったと言うかなんと言うか、鑢を使って傷を付けています。剥ぎ時になるまではおよそ2週間ですね。それぞれの膝で1週間ずつずらして毎週末の夜に、自分へのご褒美で買ったお酒を飲みながら剥ぐんです。ふふ、この趣味のお陰でスカート履けないんですよね、私。職場ではパンツルックが似合うって評判ですけど。
 いえ、それが自分でもよく分からないんですよ。なんでそんなに瘡蓋を剥ぐことに惹かれるようになったのか。ただ瘡蓋を剥いだあの瞬間、顔を出す桜色の真新しい皮膚が、その皮膚繊維の隙間からじくりと漏れ出る赤い水粒が、堪らなく愛おしく思えるんです。視覚的要素だけでなく、あのこそばゆいような……この話を続けてもしょうがないですね。
 今日の本題はここからですね。今付き合っている1歳年下の「彼」について。
 今まで付き合ってきた男性には、この趣味のことは言ってきませんでした。言っても引かれるだけに決まってますから。
 先日、彼が同棲をしようと言ってきたんです。私も今年で26ですし、彼との結婚も意識していましたから、その提案を受け入れました。
 しかし同棲するとなれば、いつまでも瘡蓋について隠し通すのは不可能です。私は彼と同棲を始めた最初の夜に、覚悟を決めてこの趣味のことを打ち明けました。告白を聞いた彼は、面食らったような顔をして固まりました。
 そして10秒ほどの沈黙の後、彼は口を開いたんですけど……今度は私が驚かされる番でした。彼、なんて言ったと思います?
「もし君が許してくれるなら、その剥いた瘡蓋を僕に食べさせて欲しい」
そう言ったんです。返す言葉を見つけられずにいる私に、彼は堰を切ったように自らの性癖を吐露し始めました。
 幼い頃から他人の「味」に興味があったこと。切られた後の爪や髪などをこっそり集めては食しているということ。その度に血の通った部分を食べたいという衝動が湧き上がってくること。けれども、今までそれを抑えて生きてきたということ。
 彼の独白を聞き終えた私の胸にあったのは、言いようもない幸福感でした。だってそうでしょう? 私達ほど互いを必要としている2人なんて、そうそう居ないんですから。この人とならやっていける、いや、この人しか居ない、その時私はそう確信しました。

 そして、その気持ちは今でも全く変わっていないんですよ、刑事さん。
 よく考えたら、瘡蓋程度で満足できる方が不自然なんです。彼は今まで抑え続けてきて、そしてこれからの人生も1人で抱えていこうと決めていた業を理解してくれる人間と出会ってしまったんですから。多少行き過ぎてしまうことは誰にだってあります。でもそんなときこそ互いに許し合い、支え合うのが夫婦というものでしょう?

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