SSワードウルフ4-6「テンショク」

「テンショク」

作者名:もんがまえ

私の住んでいた町には年の瀬に盆踊りを踊る風習があった。とはいえ、盆に踊るものとは音楽だけが違っているのだが。大学進学でこの町を出た時、それが一部の地域特有のものだと知ったってとても驚いたのだ。

私は最近転職をした。
自分にキャリアアップを目指し飛び込んだ会社は待遇も良く、やりがいのある仕事ができている。
本当に運良くいい会社に入れて良かったと思っている。
たった一つ、上司のことを除いては。。。

今年ももう終わりを告げようとしている23時半。
私は広いオフィスに上司と二人きりでいる。
原因は最後の最後に起きた仕事のミス。それもまた年明け一番に関わるものなのだから運が悪い。
それが自分のミス、というわけではないのだから辛い。
ミスをしたのは、今この場にいるこいつ。
上司で教育係のこの男だ。
彼の
「新人のミスでして。。。」
の一言から、微塵も関係ない私があれよという間に主犯されてしまっていた。
この上司パワハラセクハラは当たり前、罪をなすりつけるのは天下一品なのだ。
許されるならその顔面にパンチを繰り出したいものだ。
イライラとしつつも後始末をこなし今現在に至るわけだ。
せめて年越しは会社以外がいい。上司のいない空間が。
そんな思いで必死で進める。
もうゴールはみえている。
時間は23時55分、今年ももうあとわずかだ。
せめて年越しの時間には上司から解放されたい。
そんな切なる願いを込めて必死で仕事を終えようとしたその時、上司が盛大にため息をついた。
「まったく、君のせいでとんだ目にあった」

イッタイコイツハナニヲイッテイルンダ...

1から10まで全部自業自得でしかないのに、擦りつけただけでなく本当に私のせいだと思っていると言うのか。

プツン

気力も体力も底の底。限界を超えた私の頭に年越しの盆踊りの歌が流れてくる。


いろいろあっても

年越しだけは笑って過ごそう

笑って踊れば良い年だ

終わりよければ全てよし〜

気づけば私は大笑いをしていた。
頭の中に流れる曲に合わせて私は上司を中心に回って踊る。私の心のように雲で覆われた空の隙間から、一筋の光が私を照らし浮かび上がらせる。唖然とする上司の周りを何かに乗っ取られたかのように笑い踊る私。
照らされながら年の変わるその瞬間まで私は笑い踊り続けた。

ドオン

何かの合図のようにどこかで花火の音がした。

我に帰った私は残った仕事をさっさと片付けると、
上司を残しその場を立ち去った。

「あけましておめでとうございます。良いお年を」

と言う言葉を残して。

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