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大嘘物語#6 「子供のイリュージョン」

空に向かって携帯を投げる。重力に迎え入れられる携帯を両手でつかむ。そろそろ疲れてきたけど、空の所有物みたいに投げ返す。ご近所付き合いでお母さんが遠慮する友達にお菓子を渡しつけるように。ちょっと投げ方を変えてみようか。親指を上に人差し指を下に中指が上に来るように指をジグザグにして携帯を挟んでみる。コーカサスオオカブトみたいだ!そんな風に思いながら挟んで空に向かって押し出すように放つ。僕は砲丸選手みたいに見えるかなぁ?あまり飛距離が出ないから持ち方を従来に戻して、またもや空に携帯を放つ。

そうすれば良いと聞いている、そうするとペックが飛んでくる、そう聞いている。ペックとは鳥みたいなものだ。鳥に柔らかい両手が付いていてその両手はゴムのように変幻自在に伸び縮みすることができ、その手で空中の電子機器を捕まえて巣に持って帰る習性がある。ある時、ヘリコプターから街を撮影するクルーがハンディカムを落とした時にデータが全て台無しになるかと思ったが、数日後その麓の町から無傷のハンディカムが現れた。それを見つけた住人のおじさんが言うには山の小道を散歩していると見慣れない巣を木々の間に見つけ近づいてみるとそれは乾電池によって固められた巣であった。その中を覗くと小さなひな鳥が鳴いていた。

「へいれつ!並列!並列回路!」

そんな風に鳴いていたらしい。そのおじさんは巣を構成する乾電池の割り合いが単4が1割だったという要らない情報も教えてくれた。そのことからこの町に「ペック」の存在がバレた。まだペックがこの町周辺でしか生息していないから良いけど、都会に生息域を広げればドローンを用いた撮影はほぼ不可能になると思われる。

この前の下校中にランドセルが重すぎて歩くのが覚束ないまさしがこう言った。

「こうちゃん、ペックってほんまにいるんかな?ペックもミーシャみたいにほんまは存在せんのちゃう?」
「まぁちゃん、ミーシャは存在するで」
「嘘やん!お母さんはミーシャ存在せんって言ってたで!」
「まぁちゃん、ミーシャは存在すんねん。紅白のオオトリしてたやん」
「ウチ、紅白見んし」
「時代やなぁ」
「じゃ、こうちゃん。ペック見つけてくれや。ペックがおるならミーシャもおることにしたるわ」
「えーで。」

そんな会話だった。そのために僕は2日目のペックの捜索を続けている。もう山道で使わなくなった携帯を空に投げ続けて早1時間ほどになる。そろそろ右肩も見上げすぎた首もズキズキと痛くなってきた。今日の所はこの辺にしとこうかと思った。でも、友達にあぁ言った以上明日どんな顔をして会えば良いのか分からなくなって辛くなってきた。同時に、自分だけが沈んだ想いにならなくちゃならないのがとてもずるい気がしてたまらなかった。ペックは実はいないとか?あのおじさんの嘘だとしたら、、嘘だとしたら、、、どんどん心の面積が小さくなっていくのが分かった。これじゃぁ、僕の心はワンルームになっちゃう!家賃6万以下は嫌だ!僕は無理やりスキップをして家路を急いだ。

「ちゅんちゅん」

しばらくして、山奥から小鳥の鳴き声が聞こえた。頭の中でおでんの具のワーストランキングを考えてた僕はブービーの発表を突如辞めた。

「、、ペック!!??」

高鳴る4LDKの胸を落ち着かせながらその音のする脇道にそろりそろり近づいていく。あ、あの木の上に黒い影がある!巣を目指して僕は近づいた。

「じゃ、こうちゃん。ペック見つけてくれや」
まぁちゃんの声が確定演出のように頭で鳴り響く。僕は初めての家族旅行に行くくらい笑顔でその巣の中を覗き込んだ。そこは空っぽだった。
頭上を見上げると見慣れた雀がちゅんちゅんと鳴いていた。
この世界からミーシャが消えた。

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