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大嘘物語#7 ~湯煙~

日々の疲れを取るために温泉に行きたくなった。温泉に行きたいと言っておけば「頑張っている人」と認められそうで、誰かに欲望を問われたら温泉に行きたいと答えている。
今まではボンヤリとイメージとしての「温泉」をただ憧憬していたが、言霊というものは、やはりあるようで本当に行きたくなってきた。
そして行ってきた。

温泉に行きたかったのだが、今、私は都内のスーパー銭湯にいる。温泉はまた今度。給食のデザート、楽しみは最後においておく派だ。
現在15時というまだ明るい時間だ。時間帯だけで得した気分だ。風呂上りはお酒にしようか、コーヒー牛乳にしようか。そんな妄想でいっぱいだった。

脱衣所で人間の本来の姿に戻る。服を脱いで大浴場に向かうまでのスピードは誰にも負けない自負がある。誰かの水滴のせいか、足裏に絡みつく嫌な水分を引き連れて大浴場へ向かう。「どうせ洗うんだ」と知ってる男の足裏は強い。利き手で大浴場のスライド式ドアを掴む。大体、こういうのはスライド式だなと思っているとお湯の匂いと共にかけ湯がお出迎えしてくる。踏み絵のようにこちらを眺めてくるかけ湯に分かってますよと言わんばかりに正対する。体を一旦びしょ濡れにする。さぁ、今から楽しむぞ。
大人になった証を確かめるようにお風呂場でのマナーを1つ1つ守っていく。

濡れた体のまま洗い場で自分の席を探す。時間帯の割に少し浴場は混んでいる。学生時代はもう遠い過去だけど、この時だけは席替えが発表された時のように目を凝らして自分の席を探す。奥に両隣が空いてる洗い場があったが、反対側のおじぃが泡の大魔神くらい暴れるように泡を飛ばしているので手前の行儀良さそうな若者の横に腰掛ける。

腰を下ろすとココでしか見ない「馬油」の登場だ。シャンプーで目を閉じている間、馬が懸命に走って油を垂らしている様子を思い浮かべてみる。あまり鮮明に思い浮かぶことが出来ず、泡と妄想を水に流す。

終わりましたの合図で桶を逆さに向けて、次にこの席を使う人が喜んでくれるようにシャワーで周りをきれいにして立ち去る。
よし、今のところ僕は大人のふるまいが出来ている。よし。
まずは室内の大きな浴場に浸かる。そろりと片足を湯面につける。熱い。ただこいうのは初めは熱く感じるものだ。勇気をもって体を沈めてく。
肩まで浸かる頃にはお湯の温度にも慣れて、気持ちが良い。
「はっあぁ~~」と声に出したいのをグッと堪える。湯舟に浸かりながら水面と共に浮かび上がる低い声は40代からの特権と思っている。

はぁ、やはり気持ちいい。スーパー銭湯といえども十分も十分すぎる。
体を包む温かい湯。これだけでこんなにも気持ちが良いとは。憎むべし日本の文化。
そんな思いに耽ていると、こんな言葉が聞こえてきた。

「あんな、神様はな。神様はな!見てんねん。」
「そうやで、神様はな。地獄か天国かをなぁ、決めんねん」

目の前に「神様、神様」と連呼する子供が現れた。文節の度の「な」が子供らしい。その子は隣のお友達にずっと話しかけている。

「この前な?俺な、お母さんの手伝いをしたんやけどな、次の日晴れててん」
「それもな?、神様がな?見てんねん。ほんまやで。神様がなぁ!?」

「神様、神様」と大人が言ってたとしたら大変怖い。場所がお高い喫茶店ならなおさらだ。ただ、子供の発言は微笑める。都内のスーパー銭湯で心地よい関西弁と神様を聞くことになるとは。やはり休みには外に出てみるものだ。何かしらのイベントが起きる。
この子らの親らしき人は見当たらないけど子供は2人で楽しそうに過ごしている。すまないが僕は大人なので1人で好きにお風呂を切り替えることが出来る。子供たちに心の中で別れを告げて別の浴槽を目指した。

ジェット風呂に来た。腰を殴ってくれる余命短い気泡に身を任せ、ぼんやりしていた。何が発端だったかは忘れたが、知らぬ間にお笑いのことを考えていた。

大喜利番組を見ているとスベりキャラはどんな回答をしてもスベらされる。発言し出した時から周りがスベらそうとする空気を作っている。他の芸人さんより大喜利の回答が面白くてもだ。世界は発言の内容の前に「誰の」発言かに注目し過ぎてる。
腰に辺り続けていたジェット噴射の終了でボンヤリしていたことに気づく。あぁ、サウナに行こう。

木の扉を開けるとディズニーのクリッターカントリーを思い出す。心地よい湿度に誘われ、同じく席替えの気持ちで居場所を見つけ着席する。
あれ、あの子供らがいる。右斜め前の1つ下の段に先ほどの子供がいる。
子供がサウナ。ただサウナのテレビを見に来ただけなのではないか。
子供らの存在を疎む大人がいないように、そしてサウナの暑さが彼らの健康に害を与えないことを後の外気浴でまだ見えぬ星に願おう。
下を向いて汗が頬を通った時、神様子供はまだ友達に囁いている。

「結局な、神様はな、どの時代もおんねん。」

お、ニーチェに真っ向勝負をしかけてる。

「形をな?変えてな?神様はおんねん。神様ってほんまにおるねんで。
アイドルやったり、尊敬する人やったり、憩いの時間やったり。結局な?人間はな?神様頼りやねん。神様にな。生かされてるねん」

あぁ、今この子に壺の紹介をされたらすぐさま買い取ってしまいそうだ。子供とは思えない論理を説いている。

サウナを出て、汗を流し、露天風呂に出る。肺を新鮮な外気でいっぱいにする。見渡すところ露天風呂には誰もいない。ラッキーだ。太陽の光を小さく反射する温度未定の露天風呂に潜水していく。
あぁ、やっぱり気持ちいぃ。あぁ、休みのつもりで来たスーパー銭湯で色んなことを経験したなぁ。神様なぁ、、、、確かになぁ。

1人で味わっていた露天風呂に知らぬおっさんがやってきて水面が大きく揺れた。そのタイミングで水面に浮いていた虫がこっちに近づいてきた。
うゎ、最悪。神様ほんまにおるんか?

「神様はな、おんねん。」

あの子の声が聞こえた気がした。
うん、今度は誰かを誘って温泉に行こう。

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