時空警察NoT -Chapter 3/6-
「時空警察NoTでーす!よろしくお願いしまーす!」
地道に広報活動を続ける千里の手から、乱暴にポケットティッシュをもぎ取る男がいる。
「あ、ありがとうございま・・・」
男の外見を見た途端、心の中で千里は眉をしかめた。
色黒の中年。シャツの1番上のボタンは外れ、ベルトがちゃんと締まっていないらしく、ズボンはヨレヨレに拡がっている。そして、アルコールの匂いが顔から漂っている。昼間からだらしない姿で酔っ払っている、ろくでなしだ。
「よお姉ちゃん、時空警察ってえのは、アレか。特殊な警察かよお。タイムパトロールってやつよのう。時代も変わったな。あんたはなんか能力あんのかえ?」
顔を近づけてくる男に内心では生理的嫌悪感を抱きながらも、千里はカラオケ屋のアルバイトで培った営業スマイルで返す。
「あ、はい。少しだけ予知能力が・・・」
「ほお、漫画みてえだな。姉ちゃん、ちょっとその能力、見してくれや。俺、今からそこのパチンコ屋で打ってくるんだけどよお、勝てるかどうか見てくれよお」
明らかに視線を胸元に下げてくる男に、さすがに千里もスマイルが引き攣ってくる。これはさっさと追い払いたい。適当に予知しよう。
「はい。では予知します」
両手を合わせ、両目を閉じ、精神を集中させる。瞼の裏の闇が一瞬だけ通り過ぎた後に、昔のセル画アニメーションのような簡略化された背景が見える。
3車線の道路を挟んだ斜め向かいにあるビルの1階。パ、チ、ン、コ。ひと文字ずつ間隔を空けて銘打たれた大仰な看板がある。その看板の下のガラスのドアをすり抜け、立ち並ぶパチンコ台とその付近の人々の中から、さっき目の前にいた酔っ払いの顔を探し出す。面倒な作業だが、なんとか見覚えのある赤らんだ顔を見つけ出す。
左の手元には飲みかけの缶ビール、そして右の手元はパチンコ台のハンドルをぐっと握って汗ばんでいる。気になる儲け具合だが、足元に据えられた赤い箱の中の玉数は寂しいもので、まだまだ余裕がある。
「・・・負けてるみたいですねえ」
見えたままの結果を伝え、もう用事は済んだでしょう、と背を向けてティッシュ配りの続きを始めようとする千里に、酔っ払いはしつこく付きまとう。
「警察ってえのも、ヒマそうだよなあ。そんな学生バイトみたいなティッシュ配りやってんだからよお。姉ちゃん、どうせヒマなら、俺と遊びにいかねえか?」
「いや、業務中ですので・・・」
「じゃあ、アフターによお。もう20歳は超えてんだろ?バーくらい行けるじゃあねえか」
しつこいなあ・・・私はケーサツだから逮捕状とか出せるんだよね?出そうかな・・・そんなことを千里が思っている矢先のこと。
「うわああああああっ!」
大声で泣き叫びながら、酔っ払いの肩に思い切りタックルをかまして走り去る男。モジャモジャの髪の毛からは、炎がぼうぼうと燃え上がっている。何事だろうか。
タックルの威力で酔っ払いの足下はぐらりとふらつき、その隙に千里は全力疾走で階段を駆け上がり、とりあえず駅構内のベンチへと逃げ込む。
「はあ・・・はあ・・・。どこの誰かよくわかんないけどなんか髪モジャさん、ありがとう。でも、まだ多分このへんうろついてるよねあの人。なんで火だるまだったんだろ?また予知しなきゃ。予知ってめっちゃカロリー消費するんだよねえ・・・。痩せそう」
千里は目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。数秒後、数分後・・・。ほんの少しだけ未来の、この駅周辺の様子を瞼の裏に映そうとする。しかし、疲れのせいか、どうにも時間設定がズレてしまう。
「うーん・・・うまくいかないなあ・・・遠くに行き過ぎちゃう・・・これ何分後かな?10分後くらい?・・・あ、見えてきた・・・ん?」
モクモクと立ち昇る、巨大な煙。その向こうに、焼けて剥がれ落ちたビルの一部らしき鉄壁が見える。
灰になり散り散りになっていく物影、響き渡る人々の悲鳴・・・瞼の裏では、凄惨な状況の駅周辺の景色が映し出される。
「大火事っ!」
思わず、千里は大声を上げて目を開いた。
「阻止しなきゃ・・・」
先ほどの火だるまの男も気がかりだが、大火事を止めるまでの猶予は10分ほどしかない。急いで署に戻り、空島にこのことを報せなければ。
不謹慎だが、千里は同時にこうも思っていた。
「面白い・・・ケーサツらしくなってきたじゃん!」
その頃、火だるまになっていた男は、近くの公園で泣いていた。
トイレの水道で髪を洗い流して、どうにか消火に成功、一命を取り留めたようだが、男は喚き続ける。クシャクシャの濡れた髪を振り乱しながら、四角い眼鏡を曇らせて。
「くそう・・・!くそう・・・!あの中学生ヤンキーどもめ!僕をオモチャにして、チャッカマンで人間火あぶりなんてやりやがって!来世で殺してやる!呪ってやる!しかし、その前に死のう!うっうっ・・・くそう・・・くそう・・・!パパママごめんなさい、藤木 大河(ふじき たいが)はあまりにもダメで情けない人間なので、今日をもって死にます!自害する!あいつらを殺す!くそう!くそう!ひえーん・・・!わおーん!」
ボール遊びをしている子供が不思議そうに、遠くのベンチで泣き喚く藤木を見つめる。
「ママー、あの人、なんで泣いてるの?」
「しーっ!見ちゃいけません!」
「わおーん!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころ・・・」
Chapter 4/6につづく
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